夏侯覇が敵国に亡命できたのは劉禅と親戚だったから?


司馬懿

 

()(220年~265年)嘉平元年(249年)に司馬懿(しばい)は政敵の曹爽(そうそう)を殺して政権を掌握しました。これに恐れをなしたのが、魏の将軍であり曹爽の一族である夏侯覇です。

 

夏侯淵

 

彼は魏の草創期の将軍である夏侯淵(かこうえん)を父に持っていました。しかし今回の司馬懿の政権掌握に恐れを抱きます。また、以前から仲が悪かった郭淮(かくわい)が自分の上司になることに耐えられなくなり亡命を決意。

 

逃げる夏侯覇

 

今回は正史『三国志』から夏侯覇の亡命について紹介します。

※記事中の歴史上の人物のセリフは、現代の人に分かりやすく翻訳しています。

 

自称・皇帝
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劉禅と親戚関係!?

法正に敗れる夏侯淵

 

夏侯覇はなんと蜀(221年~263年)へ亡命しました。これに関しては矛盾です。なぜなら蜀は夏侯覇の父の夏侯淵を殺した国だったからです。建安24年(219年)に漢中を守備していた夏侯淵は劉備(りゅうび)から襲撃されて戦死しました。

 

法正と夏侯淵

 

夏侯覇はそれから父の敵である蜀を滅ぼすために従軍していました。それなのになぜ彼は蜀に亡命したのでしょうか?

 

魏から蜀に下る姜維

 

姜維(きょうい)を頼るため?

 

巫女に神頼みをする劉禅

 

いや、違います。実はこれには理由があるのです。蜀の第2代皇帝の劉禅(りゅうぜん)の妻は(ちょう)皇后と言います。

 

張飛の虎髭

 

父親は張飛(ちょうひ)です。母は誰かと言いますと、驚いたことに夏侯覇の従妹でした。正確な時期は不明ですが張飛は迷子になっていた幼い夏侯覇の従妹を拉致してきて、そのまま妻にしたのです。

 

張飛のヨメ

 

張飛のやったことは許されない犯罪ですね・・・・・・上記の話から夏侯覇は劉禅と親戚関係に該当します。夏侯覇が蜀を亡命先に選んだ理由は、小説『三国志演義』にあるように姜維(きょうい)を頼ったわけではなく、夏侯氏という血筋を頼ったのです。

 


 

言い訳する劉禅

劉禅

 

到着した夏侯覇は早速、劉禅と面会しました。夏侯覇に会った劉禅は、父の劉備がかつて夏侯淵を殺したことを知っていたので、なんて言っていいのか分からず言い訳しました。「夏侯淵さんは、戦場で討ち死にしたのです。僕のパパが殺したわけではありません・・・・・・」

 

夏侯覇

 

そんなどうでもいい言い訳は聞きたくねえよ、と夏侯覇も思ったでしょうね。だけど、劉禅としては気まずかったからその場を誤魔化すしかなかったのでしょう。さらに劉禅は自分の子供たちを夏侯覇に紹介すると、「この子たちはあなたの甥ですよ」と言いました。劉禅が頑張って夏侯氏との関係改善に努めています。やはり彼はただのボンクラではありません。


 

なぜ夏侯覇は特別待遇?

夏侯覇の妻は誰?

 

こうして迎え入れられた夏侯覇は手厚く爵位恩寵(しゃくいおんちょう)を賜りました。だが、功績を挙げたわけでもないのに、どうしてVIP待遇になっているのでしょうか?これは先ほどから述べているように、夏侯覇が劉禅と親戚関係・・・・・・つまり外戚(がいせき)に当たるからです。

 

自信のある夏侯覇

 

夏侯覇は魏でも蜀でも外戚、要するに二重外戚です。待遇が良かった理由はもう1つあります。それは夏侯覇が魏の機密情報を持っていたからでしょう。

 

かつて春秋戦国時代にも将軍が亡命することはあったのですが、特に亡命者で重宝されていたのが王族関係者、もしくはそれに近い人物です。彼らは国の機密情報を知っていますので、他国からしてみれば、ぜひとも来てほしかったですし、来れば待遇よく出迎えたそうです。春秋時代で代表的な亡命者は楚から呉に亡命した伍子胥(ごししょ)です。夏侯覇も蜀に何かの機密を渡したと推測しています。


  

 

 

三国志ライター 晃の独り言

三国志ライター 晃

 

夏侯覇はその後、魏との戦で活躍する機会に恵まれることもなく、いつの間にか亡くなっています。小説『三国志演義(さんごくしえんぎ)』では討ち死にのようですけど・・・・・・

 

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