曹操に才能を愛されつつも、若いうちに病気で世を去ってしまった郭嘉。
魏の参謀仲間たちからの評価も高く、長生きしていれば曹操の参謀陣の中でも筆頭の存在になっていた可能性の高い人物です。曹操自身が「郭嘉が生きていたら赤壁の戦いでも負けてはいなかったはずなのに」と述懐するほどの信頼ぶり。
赤壁の戦いといえば、曹操の天下統一を直前で阻み、劉備と孫権に勢力挽回の時間を与えた事件。つまり「天下三分」の端緒となった戦いでした。郭嘉がいればこの戦いの結末も変わっていたというのは、「郭嘉がいれば三国時代そのものが来なかった」と言っているに等しいハナシ!
郭嘉がいれば曹操があっけなく天下を統一し、司馬懿の一族による帝位簒奪もなく、天下は曹操一族のものに収まっていたかもしれません。それほどのインパクトを持ちえた人材の郭嘉は、なぜそのように「曹操にとってあまりにも不利」なタイミングで早世してしまったのでしょうか?
「郭嘉 死因」
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あえて郭嘉の死因は呪殺であったと仮定してみる
『正史三国志』によると、郭嘉の死因についてはあっけなく病死と書かれているだけで、詳細は伝えられていません。それで特に異説もない以上、本当に病死であって不審なところはなかったものと思われます。
ですが、ここで「あえて」この死因を疑ってみたいと思います。郭嘉の死のタイミングがあまりにも曹操にとって痛手であったところを鑑みると、やはり何らかの「アンチ曹操」側の人物の意図があったと考えられないでしょうか?
ここで考慮に入れたいことは、『三国志』の世界というのは呪術や死者の祟りも、かなり効果のある世界であるということ。郭嘉の死因は病死であったとしても、その病をもたらしたのは、誰か郭嘉に恨みをもって死んだ怨霊の呪いであったと考えることは可能ではないでしょうか?
早速郭嘉に恨みのある人物を探してみる
そこで郭嘉の生前の行いをおさらいし、彼に恨みを持って死んだ人物がいないか確認してみましょう。郭嘉が曹操に授けた策の中で名前が出ていた人物を思い出してみると、ざっと以下のような名前が出て来ます。
孫堅、呂布、劉表、袁紹。それぞれ郭嘉に恨みがあったかどうかを見てみましょう。
・郭嘉は「孫堅は裏切りによって死ぬことになるだろう」と予測していた。
・郭嘉は「袁紹と戦う前にまず呂布を叩くべき」と戦略を提言し、曹操の呂布攻めを先導した。
・郭嘉は「劉備が劉表のもとに逃げ込んでいるが、劉表は劉備を使いこなせる器でないから、放っておいても大丈夫」と献策した。
それぞれ、郭嘉の先見の明の深さを感じさせるエピソードではありますが、恨みを買っていたかとなると微妙ですね。
・孫堅については「死ぬ時期を予測」しただけ、そもそも郭嘉はたぶん孫堅と面識はない。
・呂布についても「攻めるべきだ」と曹操の作戦を指導しただけ、呂布の恨みは曹操のほうに向いているはず。
・劉表については、本人が聞いたら「なにをー!」とムカついていたかもしれない発言をしたわけだが、郭嘉が曹操に対していった発言であって、劉表に面と向かって言った悪口ではない。
となると、残る一人、袁紹ですが。
まとめ:袁紹ならば怨霊化して郭嘉を殺しても仕方ないこれだけの理由
袁紹については、先にあげた三人とはまるで郭嘉との縁の深さが違います。
・そもそも郭嘉は最初、袁紹に仕えようとしていたことがある、つまり二人には面識がある。
・郭嘉はそれを蹴って曹操のところに仕え、その際に「曹操様は袁紹様と比べてこれだけ優れている方だから来ました」と、袁紹のダメさをダシにして曹操の気を良くし、登用されている
・郭嘉が最も活躍したのは曹操対袁紹戦のとき、つまり負けが続いている時期の袁紹は「曹操のところではあの若造が働いている、俺を追いつめているのもあいつの作戦だろう」ということを知っていた
・袁紹の死後、郭嘉はその息子たちの死を予見していた
・これも予見しただけだが、既に死去して亡霊となっていた袁紹は「この上、俺の子供たちまで死の運命においやったのか!」と郭嘉を逆恨みしても仕方ない
こう考えると、袁紹およびその子供たちの全滅はほとんど郭嘉のシナリオによるものであり、袁紹ならば怨霊と化して郭嘉を呪っても仕方がないところがあるのではないでしょうか。
更に決定的な事実もあります。性格の悪さでも知られていた郭嘉、袁紹への士官を蹴って立ち去る時、「あんたは優柔不断だから、あんたの下で働いても不幸になるだけだ」と余計なことを袁紹本人に向かって言い放ってから立ち去っています。
三国志ライター YASHIROの独り言
プライドの高い袁紹、部下たちのいる場で、若造にこんなことを面と向かって言われ、この言葉を根に持っていたとしてもおかしくありません。「貴様だけは地獄に連れていく」と袁紹の怨霊が郭嘉にとりついたと仮定すれば、存外、「そんなこともあるかもしれない」と納得を感じてしまうのは、私だけでしょうか?
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