陸遜の息子・陸抗と羊コの友情と、正史における詰問シーンの理由

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陸抗と羊コの友情(1P目)


孫晧の詰問にはちゃんと意味があった?

三国志を楽しく語るセン様

 

が、ここで孫晧が詰問したことに対してきちんとした意味があったのでは?と考えてみたいと思うのです。というのはこの時点では孫晧は陸抗を疑ってはいなかったのだけど、民衆、もしくは他の武将たちが孫晧を疑っていていたのでは……と思うからです。

 

そのため孫晧はそれに対する疑念をはらさせるために敢えて詰問をして、孫晧もそれに対して弁解することで疑念をはらしたのでは?と想像するのですが、どうでしょうか?


諸葛瑾と孫権の繋がり

孫権

 

こう考えたのは、過去に孫晧の祖父である孫権が同じことをしているからです。

 

諸葛瑾

 

これは孫権と諸葛瑾(しょかつ きん
)
のエピソードですが、孫権に対して「諸葛瑾は弟が蜀にいるので裏切るのでは」と疑った人物に過去に自分が諸葛瑾に「諸葛亮(しょかつ りょう
)
を呼び寄せられないか」と尋ねた時に「弟は劉備(りゅうび)を裏切りません、私が殿を裏切らないように」と答えたように「諸葛瑾は私を裏切らない、私が彼を裏切らないように」と答えて弁護したとされています。疑念は抱えていると不和しか招きません。その疑念をはらす機会を与えるのもまた王の務め……というのは、やや孫晧に偏った意見ですかね?


孫皓と陸抗の関係

建業を捨てて武昌に首都移転する孫皓

 

もう一つあるのが、孫晧と陸抗の関係はそこまで悪くはなかったのではないという考えです。孫晧の異母妹が陸抗の息子に嫁いでいるので、それを考えると孫晧が陸抗を信頼していたのかは別にしても、重要な部下の一人であったことは間違いないと思います。

 

だからこそ孫晧は陸抗が動きやすいように取り計らったのではないかと考えられます。そのための行動があの詰問にあったのではないかと思うのですが、いかがでしょう。


三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

今回は陸抗のエピソードに、諸葛瑾と孫権の関係を交えて考えてみました。一説にはこの諸葛瑾のエピソードは、陸遜が手紙でこの話をして疑念をはらしたという話もあるので、それを踏まえてこういう可能性もあるのでは……という考察です。

 

三国志演義ではよく過去のエピソードと関連付けられることがあるのが特徴となっているので、それにならってみましたがどうでしょうか?

 

参考文献:呉書陸抗伝 諸葛謹伝

 

関連記事:陸抗と孫権の間に遺恨は残らなかったの?二人のエピソードを紹介

関連記事:部下を粛清していた孫晧も陸抗には手を出せなかった?呉の最後の忠臣の生き様

 

【孫権を支えた呉の大軍師 陸遜】
陸遜特集

 

 

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