戦国時代の合戦はどんな武器を使い戦ったの?


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戦国時代の合戦はどんな武器(1P目)

 

番外編 石礫

真田丸 武田信玄

 

その辺に落ちているものなので、加工した武器ではありませんが、石礫(いしつぶて)も有力な武器でした。信長公記には、三方ヶ原の戦いで武田信玄が足軽300人ばかりを先頭に立てて、石礫を投げて攻撃し、攻め太鼓を打ち鳴らして攻め込んできたと書かれています。

 

武田信玄に挑む若き徳川家康

 

たかが投石と侮るなかれ、適当な布に巻きつけて遠心力をつけた石は、矢や鉄砲のように貫通はしないものの、ぶつかった衝撃で体内にダメージを与えるので恐れられました。

こっぴどく敗退する徳川家康

 

実際に三方ヶ原の戦いでも投石隊は役にたったようで、この日の一番合戦で、徳川、織田連合軍は、平手汎秀(ひらてひろひで)とその家臣、家康の身内衆の成瀬正義(なるせまさよし)、その他数名が討死しています。まあ、石礫に当たって死んだとは書いていませんけどね。

 

海戦専門 焙烙玉

鉄甲船

 

海戦では、陸上とは違う独特な武器が使用されました。それが焙烙玉(ほうろくだま)です。焙烙とは元々は素焼きの土鍋ですが、これに縄をつけて火薬を詰めてから導火線を差し込んで点火。そのまま縄を振り回して遠心力を利用して遠くに投げつけます。

 

火薬を使い焙烙を破裂させる点から大昔の焼夷弾と呼ばれますが、実際には爆発の破片による敵兵の殺傷が目的で、火災を起こす可能性はあまり高くなかったようです。

爆死する松永久秀

 

毛利・村上水軍vs織田水軍の戦いで知られる第一次木津川の戦いで、毛利軍が焙烙玉を使って織田水軍を撃破し、信長は焙烙玉に対抗すべく、鉄甲船を実戦配備する動機になりました。

 

 

戦国時代ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

今回は戦国時代の武器について解説してみました。基本は鑓であり、次に弓、鉄砲という順番になっています。戦国時代の後期は足軽の大量動員となり、その中で最も扱いやすいのが鑓だったので、必然的に鑓が主力兵器になったのです。

 

参考文献:歴史通 戦国合戦作法と舞台裏

 

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武田信玄

 

 

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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