諸葛瑾はイメージに反して軍事のトップだった!?


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張良と劉邦が楚漢戦争のゲームをプレイ

 

近年では三国志も日本でメジャーとなり、多くの書籍やゲームなどの題材として取り上げられていますね。そんな中でもやはり政治、知略、軍師として諸葛亮がかなりトップランクとして扱われているのを見かけます。

 

諸葛瑾

 

そしてそんな諸葛亮(しょかつりょう)の兄である諸葛瑾(しょかつきん)もまた、政治や知略面での能力が高いキャラクターとして認知されているように思いますね。だけど本来、諸葛瑾は軍事面でのトップ、どちらかというと武官の人なのです。

 

周昭が諸葛瑾をベタ褒め

 

今回はそんな武官方面の諸葛瑾についてお話していきましょう。


洛陽から江東へ

洛陽城

 

諸葛瑾は元々は洛陽(らくよう)に住んでいました。

 

君主論 董卓

 

若き頃は「春秋左氏(しゅんじゅうさし)」などを読み、多くの学問を治めていましたが董卓(とうたく)の暴虐スタート。家族と共に江東(こうとう)に逃れ、働き口を探し始めます。

 

張昭、孫権、孫策、周瑜

 

丁度その頃人材を求めていた孫権(そんけん)にとってちょうど良い人材となり、仕えることとなりました。


諸葛瑾の出世歴

朱然

 

222年、江陵(こうりょう)の戦いで朱然(しゅぜん
)
の救援に向かって夏侯尚(かこうしょう
)
曹真(そうしん)相手に一進一退の戦いを繰り広げ、後に撤退させることに成功します。

 

後継者争いで悩む孫権

 

当初は臨機応変に欠けると諸葛瑾の戦ぶりに不満を出だした孫権でしたが、諸葛瑾が兵を失わなかったことを評価し、左将軍(さしょうぐん)に昇格しました。

 

魏を破る朱然

 

おそらく、この際の戦闘ですぐに朱然の救援に行かなかったことを孫権は不満に思ったのではないかと思いますが、諸葛瑾としては一か八かで救援に行くよりは魏の軍勢を自分たちにも向けることで、包囲された朱然を少しでも長く持たせることだったのではないかと筆者は思います。

 

皇帝になることを決意する孫権

 

226年には襄陽(じょうよう)司馬懿(しばい)に敗れるも、229年に孫権が呉皇帝となった際に、大将軍に昇格しました。

 

対魏戦線の最高司令官

ロバ顔の諸葛瑾

 

因みに諸葛瑾の大将軍というのは、陸遜(りくそん)が率いて荊州(けいしゅう)方面以外、対魏戦線で最高司令官になります。また諸葛瑾は呂蒙(りょもう)亡き後には対魏だけでなく、対蜀の要所を任せられているということもあり、孫権の信頼を受けていたことが窺い知れますね。

 

穴から呂蒙を覗く孫権

 

あくまで個人的な意見ですが、呂蒙のあとは陸遜か、朱然か、と議論される時に筆者は「陸遜と諸葛瑾」という可能性もあるのではないかと思っています。


陸遜との作戦

陸遜

 

ここでちょっと陸遜と諸葛瑾の話を。陸遜と諸葛瑾が襄陽に軍を進めた時の話です。この際に、使者が捕らえられてしまいました。

 

陸遜

 

驚いた諸葛瑾は陸遜に撤退するべきではないかと意見を聞きに行きましたが、陸遜は答えず。この際に諸葛瑾は陸遜には何か考えがあると察し、後に陸遜の退却策が指示され、被害はなく撤退成功しました。

 

陸遜

 

陸遜が黙って考えていると言うと夷陵の戦いを思い出してしまうエピソードですが、ここで諸葛瑾は陸遜を信頼しているのがとても興味深いところだと思います。


統率力?人徳?

徐盛(じょせい)呉の将軍

 

夷陵の戦いと言えば陸遜が抜擢され、功績を挙げた戦いです。しかしここでの陸遜だけではなく、徐盛(じょせい
)
らのように呉の名将たちは何だかんだ部下に反抗されたり、なめられたりと統制に苦労している印象がありますね。

 

諸葛瑾

 

しかしそんな中でも諸葛瑾は孫権と武官たちの間を取り持ったりと、かなり良く統率できていると思います。これは諸葛瑾の統率力によるものなのか、それとも彼自身の人徳なのか……もしかしたら彼自身が人から良く敬愛されていたというので、その心根によるものなのかもしれませんね。

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