信長相手に10年!一向一揆の黒幕・本願寺の強さを徹底解説

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一向一揆の黒幕・本願寺の強さ(1P目)




一向一揆を率いた武闘派ボーズを紹介

本多正信

 

一向一揆は顕如以外にもつぎのような武闘派といえる指導者たちがいました。

1、蓮如(れんにょ)

2、実如(じつにょ)

3、証如(しょうにょ)

4、下間頼照(しもまらいしょう)

5、下間頼旦(しもまらいたん)

6、杉浦玄任(すぎうら げんにん )

7、本多 正信(ほんだまさのぶ)

ここでは彼らについて簡単に触れていきます。




一向一揆を率いた武闘派坊主 no.1 蓮如

 

蓮如(れんにょ)は室町時代の僧で8世宗主です。彼は本願寺中興の祖と言われ、当時衰退していた親鸞直系の宗内での勢力を一気に強化しました。越前吉崎を拠点に勢力を広め、彼の時代に初めて一向一揆が起こりました。また死別を4回経験したので生涯で5人の妻をもち、27人もの子を儲けました。




一向一揆を率いた武闘派坊主 no.2 実如

 

実如(じつにょ)は蓮如の子で9世宗主です。彼は急成長した本願寺の勢力維持のために、足利幕府のナンバー2、管領の細川政元と接近します。政元と手を組んで同じ一向宗でも反政元派だった人物を粛正。また政元の要請で一揆軍を、敵対勢力に差し向けるなど幕府への影響力を強化しました。また越前との朝倉とも戦いました。

 

一向一揆を率いた武闘派坊主 no.3 証如

 

証如(しょうにょ)の父・円如が早世したため蓮如の孫である彼が後を継ぎ10世宗主になりました。この時代教団内部の対立、享禄・天文の乱が起こりますが、それを抑えて指導者としての力を強めます。

 

関白・九条尚経(くじょう ひさつね)の猶子となり、三条家の娘で武田信玄の正室の妹を子・顕如の妻に迎えるなど、公家や有力大名と縁戚となり、さらに権力を強化しました。また彼の時代に石山本願寺を教団の本拠地としました。

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