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諸葛恪と交換すると呉の滅亡を防げるか?
さてここで異聞として考えて頂きたいのが諸葛恪とのとりかへばやです。おいおい諸葛恪とどうとりかへばやするんじゃ、と思われるかと思いますが、今回のとりかへばやでは敢えて、諸葛恪と諸葛瑾の立場をごっそり取り換えてみて欲しいのです。
諸葛瑾は諸葛恪のような失敗をせず、周囲とも、特に陸遜関係とも仲良くし、末期の呉を支える一角となるでしょう。つまり二宮の変からのごたごたに対応できる可能性も出てくるのではないでしょうか!?
殆ど内乱で崩れ落ちていく末期の呉を諸葛瑾一人に背負わせるのは心苦しいですが……ぜひあの時代に諸葛瑾がいたらどうなっているか見てみたいとは思いませんか?
まあこの場合、諸葛瑾がやったことを諸葛恪ができるかどうかが問題になるとは思うんですが……やっぱり陸遜が苦労するな!(オチ)
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諸葛瑾がいなくなると孫権がポンコツになる
個人的には諸葛瑾、それ自体はどこに行っても結構やっていけるんですが、じゃあ取り換えた方で、もっというと孫権の方がどうなるかが問題点ですね。
江表伝では「神交」、とっても気があったとまで言われている二人。また諸葛瑾亡き後の孫権の振る舞いを見ていると、諸葛瑾がいなくなった空白期間のしわ寄せが周囲に行ってしまうんですよね。
もしかして諸葛瑾とりかへばや、孫権以上に他の呉武将たちが「止めて!」とか言っちゃうかも?
そんな諸葛瑾推しの筆者の妄想でした。
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三国志ライター センのひとりごと
諸葛瑾はその軍事的な能力もですが、それ以上に人柄が何よりの才能だとも思います。時代は移り変わり、二代目には、次の支えには、と代替わりしていきますが、残念ながら呉には諸葛瑾の代わりはいなかったのです。
そう考えると孫権が諸葛瑾を得たのは正に魚が水を得たかの如く、そして失えば……なんて考えてしまう筆者でした。皆さんもこんな妄想だらけの三国志とりかへばや考察、どうぞよろしくお願いいたします。
どぼん!
参考文献:呉書諸葛瑾伝 蜀書諸葛亮伝
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