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命令違反は許されない事
ただ、朱異にも悪い点があります。それは命令を拒否したことです。こういうとちょっと語弊がありますね。
朱異には朱異の考えがあったのでしょうが、それと置かれた状況、孫チンの考えはまた別です。ましてや命令を拒否した側です。陸抗から言われたように、それなりの報復があるということは理解しなければならなかったでしょう。しかし朱異はそれをしなかったのです。
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孫チンと朱異が協力していれば
朱異は「孫チンは身内だから」という理由で孫チンから捕まえることも、殺されることも警戒せずに孫チンからの呼び出しに応えて、その結果、絞殺されるという結末に至りました。正直言って、ヤバい状況なのに命令を拒否して「相手身内だから大丈夫」というのは甘すぎる考えなのではないでしょうか。
もしここで孫チンを警戒して生き長らえていたら……もっと言うならば、朱異と孫チンがもう少し話し合って理解しあっていたら。もしかしたらもしかしたら、もしかしたらだけど呉はもう少しだけ歴史に名前を刻み続けたのかな、なんてちょっとばかり考えてしまいますね。
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三国志ライター センのひとりごと
歴史のもしもは考えるのは楽しいですね。今回は末期の呉、朱異と孫チンについてちょっと考えてみました。しかしここであっさり殺されてしまうのが正に朱異……というか、朱桓の子だなぁとしか思えません。そうして朱異を殺してまでやった寿春援軍は結局失敗。
ああ、滅びる時は滅びるのだなぁ……そう思いながら今日も、歴史の沼に沈む筆者でした。
どぼん。
参考文献:呉書朱異伝 孫チン伝 呉書
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