こんにちは。古代史ライターのコーノヒロです。
今回は、奈良時代に、南インドから来日したと伝わるボーディセーナ(菩提僊那)が、これまでに、どのような物語に登場したのかについてお話します。どうぞお付き合いください。
この記事の目次
真実のボーディセーナが描かれている伝記は?
前回にも話しましたが、ボーディセーナの最も古い記録と考えられている文章は、ボーディセーナの直弟子だった「修栄」が著したと伝わる碑文です。
前回記事
-
菩提僊那(ボーディセーナ)とは?奈良時代の日本にインドからやってきた僧侶
続きを見る
南天竺婆羅門僧正碑并序
『南天竺婆羅門僧正碑并序』というものです。(※「并」は「並」とも書く)
これは「伝記」の形式になって著されているものです。ただ、調べていきますと、新たな事が分かってきました。現存しているその碑文は、奈良時代から200年後、10世紀の平安時代の天台宗の僧侶「性空」によって、書き写されたものだというのです。
元々、修栄が著した文とは、多少なりともズレがあるかもしれません。あるいは、大きなズレがあるかもしれないのです。しかし、その性空の写本が、今のところ、ボーディセーナの生きた軌跡を、ほぼ正確に表した伝記と伝わっています。
こちらもCHECK
-
行基とはどんな人?東大寺大仏建立の立役者「行基」玄奘の意志を継ぐ者?
続きを見る
日本史上初の仏教通史「元亨釈書」が刊行
そして、性空の時代より、約300年後の鎌倉時代末期の14世紀前半には、『元亨釈書』という日本史上初の仏教通史が刊行されます。臨済宗の僧侶「虎関師錬」によって著されたものです。ここにもボーディセーナが登場していることも分かりました。
さらに300年ほど下り、17世紀の江戸時代の元禄年間に、「卍元師蛮」という臨済宗の僧侶が現れます。実は、この人物は、「水戸黄門」や「水戸光圀公」の名でも知られる、水戸藩二代藩主「徳川光圀」と親交があった人物です。
師蛮は、『本朝高僧伝』という、日本の歴代の高尚な僧侶たちの伝記を著しています。その中にも、ボーディセーナが「婆羅門僧正」として登場する章があります。
こちらもCHECK
-
日本国内は大混乱!大仏建立とオリ・パラの共通点:行基の生き方に学ぶべし?
続きを見る
江戸時代後期の19世紀初めに「群書類従」叢書が刊行
またさらに、江戸時代後期の19世紀初めになると、文政年間に『群書類従』という叢書が刊行されます。これは、盲目の国学者として知られる「塙保己一」やその弟子たちの協働によって編纂されました。当時の日本国内に存在した、文化芸術・学術研究の分野の書物が一堂に会したのです。
こちらにも、ボーディセーナの記録が取り上げられました。これらの伝記は、どれも、性空の書写した『南天竺婆羅門僧正碑并序』が元になっていて、ほぼ変わりない内容と確認できます。
※ちなみに、その碑文は、【日本の名著2『聖徳太子』/「婆羅門僧正碑文」の章】(中村元[責任編集]・中央公論社)で全文が読むことができるのです。ほんの6頁ほどの文章です。興味ありましたら、ご参照ください。
こちらもCHECK
-
三蔵法師のモデルになった「玄奘」が日本にやってきていた?玄奘と日本の強い縁
続きを見る
古典文学作品に登場するボーディセーナは?
では、その他にボーディセーナが登場する物語はないかと探してみますと、古典作品にはいくつも出てくると分かってきます。
主要な作品を紹介しますと、
・『続日本紀』(『日本書紀』の続編)
・『今昔物語集』(日本文学史上最大規模の説話集)
・『源平盛衰記』(『平家物語』の異本の一つとされる軍記物語)
・『沙石集』(鎌倉時代に成立した仏教説話集)
・謡曲『巻絹』(熊野地域の説話をもとにした。熊野本宮の巫女を主人公した能の詞章【歌詞に似た】部分)
・『太平記』(鎌倉時代末期?南北朝時代を描いた軍記物語)
となっています。
どれも「平安〜鎌倉〜室町」の時代に書かれた作品のようです。古代から中世にかけて、日本では、ボーディセーナは何度も物語に登場させられるほどの人気者だったと言えるでしょうか。
ただ、
・『源平盛衰記』
・『沙石集』
・『巻絹』
・『太平記』
の諸作品に登場するボーディセーナは、全て、『今昔物語集』の中の、同じ一場面が引用される形で描かれているようです。
それは、ボーディセーナが初来日した際、僧侶の「行基」と言葉を交わすとともに、和歌のやり取りをするという場面です。ということは、基本的には、平安時代に成立した『続日本紀』と『今昔物語集』。この2つの作品が、ボーディセーナが登場する、主要な古典作品と言ってよいようです。
こちらもCHECK
-
「仏教を優遇した武則天」女帝は弥勒菩薩を目指したのか?
続きを見る
おわりに
それでは、次回は『続日本紀』と『今昔物語集』に描かれるボーディセーナの姿に迫っていきたいと思います。お楽しみに。
【主要参考文献】
・日本の名著2『聖徳太子』/「婆羅門僧正碑文」の章
(中村元[責任編集]・中央公論社)
・『元亨釈書』
( 虎関師錬著 )
・『群書類従』
(塙保己一 編纂)
・『本朝高僧伝』
(卍元師蛮著)
【人文学オープンデータ共同利用センター日本古典籍データセット】より
・『沙石集 』
・『続日本紀(上)・(中)』
(宇治谷孟 著・講談社学術文庫)
・『今昔物語集 本朝仏法部 上巻』
(佐藤謙三 校注・角川ソフィア文庫)
・『南方仏教基本聖典』
(ウ・ウェープッラ 著・中山書房仏書林)