菩提僊那(ボーディセーナ)が登場する物語は?古典文学作品に登場するボーディセーナを網羅する

2022年9月5日


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コーノ・ヒロ(はじめての三国志ライター)

 

こんにちは。古代史ライターのコーノヒロです。今回は、奈良時代に、南インドから来日したと伝わるボーディセーナ(菩提僊那(ぼだいせんな))が、これまでに、どのような物語に登場したのかについてお話します。どうぞお付き合いください。

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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真実のボーディセーナが描かれている伝記は?

遣唐船(奈良時代)

 

前回にも話しましたが、ボーディセーナの最も古い記録と考えられている文章は、ボーディセーナの直弟子だった「修栄(しゅうえい)」が著したと伝わる碑文です。

 

前回記事

遣唐船(奈良時代)
菩提僊那(ボーディセーナ)とは?奈良時代の日本にインドからやってきた僧侶

続きを見る

 

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南天竺婆羅門僧正碑并序

同年小録(書物・書類)

 

『南天竺婆羅門僧正碑并序』というものです。(※「并」は「並」とも書く)

 

これは「伝記」の形式になって著されているものです。ただ、調べていきますと、新たな事が分かってきました。現存しているその碑文は、奈良時代から200年後、10世紀の平安時代の天台宗の僧侶「性空(しょうくう)」によって、書き写されたものだというのです。

 

元々、修栄が著した文とは、多少なりともズレがあるかもしれません。あるいは、大きなズレがあるかもしれないのです。しかし、その性空の写本が、今のところ、ボーディセーナの生きた軌跡を、ほぼ正確に表した伝記と伝わっています。

 

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日本史上初の仏教通史「元亨釈書」が刊行

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そして、性空の時代より、約300年後の鎌倉時代末期の14世紀前半には、『元亨釈書(げんこうしゃくしょ)』という日本史上初の仏教通史が刊行されます。臨済宗の僧侶「虎関師錬(こかんしれん)」によって著されたものです。ここにもボーディセーナが登場していることも分かりました。

 

さらに300年ほど下り、17世紀の江戸時代の元禄年間に、「卍元師蛮(まんげんしばん)」という臨済宗の僧侶が現れます。実は、この人物は、「水戸黄門」や「水戸光圀公(みとみつくにこう)」の名でも知られる、水戸藩二代藩主「徳川光圀(とくがわみつくに)」と親交があった人物です。

 

師蛮は、『本朝高僧伝(ほんちょうこうそうでん)』という、日本の歴代の高尚な僧侶たちの伝記を著しています。その中にも、ボーディセーナが「婆羅門僧正(ばらもんそうじょう)」として登場する章があります。

 

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江戸時代後期の19世紀初めに「群書類従」叢書が刊行

剣術を磨くため江戸にいた19歳の坂本龍馬

 

またさらに、江戸時代後期の19世紀初めになると、文政年間に『群書類従(ぐんしょるいじゅう)』という叢書(そうしょ)が刊行されます。これは、盲目の国学者として知られる「塙保己一(はなわほきいち)」やその弟子たちの協働によって編纂(へんさん)されました。当時の日本国内に存在した、文化芸術・学術研究の分野の書物が一堂に会したのです。

 

こちらにも、ボーディセーナの記録が取り上げられました。これらの伝記は、どれも、性空の書写した『南天竺婆羅門僧正碑并序』が元になっていて、ほぼ変わりない内容と確認できます。

 

聖徳太子

 

※ちなみに、その碑文は、【日本の名著2『聖徳太子(しょうとくたいし)』/「婆羅門僧正碑文」の章】(中村元(なかむらはじめ)[責任編集]・中央公論社)で全文が読むことができるのです。ほんの6頁ほどの文章です。興味ありましたら、ご参照ください。

 

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古典文学作品に登場するボーディセーナは?

廉さん、コーノさん、プンち

 

では、その他にボーディセーナが登場する物語はないかと探してみますと、古典作品にはいくつも出てくると分かってきます。

 

主要な作品を紹介しますと、

・『続日本紀(しょくにほんぎ)』(『日本書紀』の続編)

・『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』(日本文学史上最大規模の説話集)

・『源平盛衰記(げんぺいせいすいき)』(『平家物語』の異本の一つとされる軍記物語)

・『沙石集(しゃせきしゅう)』(鎌倉時代に成立した仏教説話集)

・謡曲『巻絹(まきぎぬ)』(熊野地域の説話をもとにした。熊野本宮の巫女を主人公した能の詞章【歌詞に似た】部分)

・『太平記(たいへいき)』(鎌倉時代末期?南北朝時代を描いた軍記物語)

となっています。

 

どれも「平安(へいあん)鎌倉(かまくら)室町(むろまち)」の時代に書かれた作品のようです。古代から中世にかけて、日本では、ボーディセーナは何度も物語に登場させられるほどの人気者だったと言えるでしょうか。

 

源平盛衰記 書類

 

ただ、

・『源平盛衰記』

・『沙石集』

・『巻絹』

・『太平記』

の諸作品に登場するボーディセーナは、全て、『今昔物語集』の中の、同じ一場面が引用される形で描かれているようです。

 

それは、ボーディセーナが初来日した際、僧侶の「行基(ぎょうき)」と言葉を交わすとともに、和歌のやり取りをするという場面です。ということは、基本的には、平安時代に成立した『続日本紀(しょくにほんぎ)』と『今昔物語集』。この2つの作品が、ボーディセーナが登場する、主要な古典作品と言ってよいようです。

 

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おわりに

コーノヒロさん(はじめての三国志ライター)

 

それでは、次回は『続日本紀』と『今昔物語集』に描かれるボーディセーナの姿に迫っていきたいと思います。お楽しみに。

 

 

【主要参考文献】

・日本の名著2『聖徳太子』/「婆羅門僧正碑文」の章

(中村元[責任編集]・中央公論社)

 

・『元亨釈書』

( 虎関師錬著 )

【国立国会図書館 デジタルより(16頁?)】

・『群書類従』

(塙保己一 編纂)

【国立公文書館デジタルアーカイブ】より

 

・『本朝高僧伝』

(卍元師蛮著)

【人文学オープンデータ共同利用センター日本古典籍データセット】より

 

・『沙石集 』

【国立国会図書館 デジタルより】

 

 

・『続日本紀(上)・(中)』

宇治谷孟(うじたにつとむ) 著・講談社学術文庫)

 

・『今昔物語集 本朝仏法部 上巻』

佐藤謙三(さとうけんぞう) 校注・角川ソフィア文庫)

 

・『南方仏教基本聖典』

(ウ・ウェープッラ 著・中山書房仏書林)

 

 

 

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コーノ・ヒロ

コーノ・ヒロ

歴史好きのライターです。 福祉関係の仕事をしつつ、物書きの仕事も色々としています。 小説や詩なども、ときどき書いています。 よろしくお願いします。 好きな歴史人物 墨子、孫子、達磨、千利休、良寛、正岡子規、 モーツァルト、ドストエフスキー など 何か一言 歴史は、不動の物でなく、 時代の潮流に流される物であると思っています。 それと共に、多くの物語が生まれ、楽しませてくれます。

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