今回は水滸伝の登場人物の中でも最強の一角、そうして最も悲劇的な運命を辿った人物の一人でもある林冲のご紹介をしましょう。
林冲は水滸伝における梁山泊の中でも古参も古参ですが、その梁山泊入りするまでには波乱万丈……という言葉だけでは済まされない数奇な運命を辿っています。ある意味では水滸伝の恋愛枠(?)とも言える登場人物ですが……その涙無くしては見られないエピソードもご一笑に見て頂きたいと思います。
この記事の目次
- 禁軍教頭からの転落:高俅(こうきゅう)の罠
- 幸せな日常の崩壊
- 美貌の妻を狙った高太尉の養子・高衙内。
- 【水滸伝の名シーン】誤って白虎節堂に入る
- 冤罪によってすべてを失う、水滸伝屈指の理不尽エピソード。
- 刺青と流刑: プライドをへし折られた男の「耐え忍ぶ日々」。
- 陸謙の裏切りと火攻め
- 「我慢の限界」と豪傑への変貌
- 降りしきる雪の中、ついに槍を取る林冲。
- 雪の夜の覚醒:山神廟での復讐
- なぜこのシーンが日本でこれほど人気なのか?(判官贔屓とカタルシス)
- 王倫との確執: 能力を恐れられ、入山を拒まれる屈辱。
- 梁山泊での葛藤と「二人の首領」
- 【重要シーン】王倫を斬り、晁蓋を立てる
- 宋江体制下での忠誠と苦悩: 宿敵・高俅への復讐が叶わないもどかしさ。
- 方臘の乱の最中、中風に倒れる
- 最前線で戦い続けた男の、あまりに静かな退場。
- 悲劇の結末:病死と戦友・魯智深との絆
- 唯一の理解者・魯智深との友情
- 義兄弟として支え合った二人の対照的な生き様。
- 戦績から見る強さ: 一騎打ちでの勝率が異様に高い「不敗の将」。
- 林冲 vs 楊志: 互角の死闘が示す実力。
- 林冲の武力:水滸伝「最強」は誰か?
- 三国志ライター センのひとりごと
禁軍教頭からの転落:高俅(こうきゅう)の罠
さて、嘗て林冲は八十万禁軍の槍棒の教頭で、首都・東京で愛する奥さんと暮らしていました。
地位もあり、腕も立ち、更には大切な家族まで持っている存在。これこそが林冲の始まりであるのですが、ここから林冲の運命は転落していくことになります。
そして水滸伝の中でも特に高俅に対して強い恨みを持つようになり、何なら水滸伝の読者が高俅へのヘイトを高めることになるエピソードが、ここから始まっていきます。
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幸せな日常の崩壊
それはある日のことでした、林冲は奥さん一緒に東嶽廟に参詣に出かけました。
その途中で後の盟友、魯智深と出会い、既知になり、一緒に酒を飲むなどしていると、お供の者たちが駆け込んできました。聞けば奥さんが怪しい輩に絡まれているとのこと、林冲は魯智深に「いずれ」と挨拶をして妻の元に駆け付けました。するとそこには自分の妻を、道を塞いで無理矢理二階へと連れ込もうとする男が!林冲これを怒鳴りつけ拳を振り上げる……しかし!!
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美貌の妻を狙った高太尉の養子・高衙内。
よりによってこの男、長官である高俅大将の養子の高衙内ではないか。流石に林冲もこれを殴り飛ばせず拳を収め、取り巻きも高衙内の取り巻きもここは抑えてとその場は収まった……しかし!!(二回目)
この高衙内、高俅の威光を笠に、やりたい放題のとんでもない奴。高衙内は側近、富安や林冲の親友である陸謙を利用して何とか林冲から妻を奪い取ろうとするものの、失敗。そうしてよりにもよって高俅がこの話に関わってくることとなったのでした。
【水滸伝の名シーン】誤って白虎節堂に入る
林冲はある日、見事な名刀を買いました。そこにやってきたのが高俅の使いで、名刀を見たいから持ってきてくれと言います。林冲はこれを受けて高俅の屋敷に向かい、案内されて中に入ります。さて、中々相手が来ないのでよくよく周りを見てみると、そこには白虎節堂という文字が。ここは軍議の場であり、帯刀が禁じられている部屋でした。慌てて林冲は部屋を飛び出るのですが……。
冤罪によってすべてを失う、水滸伝屈指の理不尽エピソード。
そこにいたのは高俅でした。理不尽にも高俅は林冲に自身殺害の嫌疑をかけ、捕縛させます。
捕らえられた林冲は裁判の結果、刺青をした上で流罪となってしまいました。もはや生きて戻ってはこられないだろうと、林冲は妻が再婚できるように離縁してから連れられて行くという……水滸伝の中でもトップランクの理不尽エピソードがここに詰まっています。更に高俅は役人たちに林冲を殺すように命じているので、この胸糞さは読者のエイトを深めさせることになるのですが、林冲の命運や如何に?
刺青と流刑: プライドをへし折られた男の「耐え忍ぶ日々」。
護送される間も林冲は熱湯で足に酷い火傷を負わされたり、木に縛り付けられたりとひどい扱いを受けます。それでなお耐え忍ぶ林冲を役人が殴り殺そうとするのですが……そこに現れたのは魯智深!
林冲は何とか助けられ、その後は魯智深が睨みを利かせたことで護送の役人たちも林冲殺しを諦めました。その後は柴進の屋敷で歓待を受け、牢城の役人への手紙も書いてもらったことで、天王堂の堂守りという牢城でも一番楽な仕事に就くことができた林冲。刑に服しながらも穏やかに暮らしていました。しかしここに、高俅の名を受けた陸謙がやってくるのです。
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陸謙の裏切りと火攻め
冬のある日、林冲の仕事はまぐさ置き場に配置替えになりました。雪の中仕事場に向かうと、まぐさ置き場の小屋は今にも崩れそうでボロボロ。寒さもあって林冲は囲炉裏に火をくべ、酒を飲みに街に行ってしまいますが、帰ってみれば雪のため小屋はつぶれている有様。そこで近くの廓で酒を飲んでいると、火の燃える音が。まぐさ置き場で火を出すと死罪だったため、林冲は慌てて駆け出そうとすると声が聞こえてきます。
「罠が上手くいった、ついに林冲を殺すことができました」
「我慢の限界」と豪傑への変貌
そこにいたのは林冲を配置換えと言って此処に案内した番卒頭、そして友人だったはずの陸謙、そしてあの高衙内の側近であった富安の三人が。高俅から林冲を殺すように言われていた陸謙ですが、当たり前ならら林冲はかなりの腕が立つ。正面からでは殺せないので、この火攻めでもって謀殺しようとしたのです。裏切りと騙し討ち、非情な現実が林冲に武器を取らせます。
降りしきる雪の中、ついに槍を取る林冲。
これにはついに林冲も我慢の限界。槍を持って飛び出し三人と対面、その卑劣な罠で刺青を刻まれた顔に浮かぶのは憤怒の表情。
「この悪党どもが!!」
謀略持ってしか林冲と当たれなかった三人にはどうすることもできません林冲は次々と三人を切り捨て、遂に殺してしまいました。高俅の卑劣な罠の果てに、林冲はついに殺人まで犯してしまったのです。
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雪の夜の覚醒:山神廟での復讐
(引用元:文化デジタルライブラリー / 豹子頭林冲於山神廟前殺陸虞候)
これが水滸伝のワンシーン、積もり積もった恨みを晴らした林冲、山神廟での復讐です。こちらは林冲を調べると 月岡芳年「豹子頭林冲於山神廟前殺陸虞候」 と図が出てきますので見てみて下さいね。恨みこそ晴らした林冲ですが、ついに殺人をしてしまったのですから、もう逃げるしか道はありません。こうして林冲は雪の中、槍を手に旅立っていくのでした。
なぜこのシーンが日本でこれほど人気なのか?(判官贔屓とカタルシス)
この林冲のシーンはかなり日本でも人気ですね。その理由の一つに日本人の判官贔屓、つまり弱い立場の人間に肩入れをしてしまう気質があること。更に相手は腐敗している支配層とくれば、思い入れをしてしまっても無理のないこと。そして今までずっと虐げられていた林冲がついに反撃に出た!このカタルシスが大きいでしょう。……このカタルシスが最後まであれば、そう思ってしまうシーンでもあるのですが。
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王倫との確執: 能力を恐れられ、入山を拒まれる屈辱。
その後、林冲は梁山泊入りするのですが……ここでも一波乱。
この時の梁山泊首領である王倫は見目こそ良いものの内心は小物じみており、林冲のような真の豪傑が入ってくることを好まなかったのです。入山を拒まれ、あれやこれやと難癖を付けられるも、何とか梁山泊入りした林冲。その心中では、首領である王倫に対しての不満が溜まっていたのかもしれません。
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梁山泊での葛藤と「二人の首領」
そこにやってきたのが晁蓋一味。林冲はこの豪傑たちの来訪を、そして入山を喜びました。
しかし王倫はそうではありません。再びあれやこれやと理由をつけて、晁蓋たちを追い出そうとします。かつて、自分が入山をしようとした時とほぼほぼ変わらない態度。この態度と対応が、林冲の怒りに火をつけてしまうことになります。
なお、晁蓋は梁山泊二代目首領となります。(ネタバレ)
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【中国を代表する物語「水滸伝」を分かりやすく解説】
【重要シーン】王倫を斬り、晁蓋を立てる
「お前は俺の時もそうだった」
林冲は怒って叫び、王倫を一突きで殺してしまいました。このクーデターが上手くいったのにも理由があり、前日の饗応の場で呉用は林冲の心の内での王倫への不満を見抜いており、林冲が何かした際には見方をしようと晁蓋たちと話していたのです。これもあってクーデターは成功、晁蓋を新しい首領とした梁山泊ができ上ったのでした。
宋江体制下での忠誠と苦悩: 宿敵・高俅への復讐が叶わないもどかしさ。
しかし、そこから林冲の望みが完全にかなったとはいえないのが水滸伝です。
後に首領となる宋江が最終的に目指したのは朝廷の帰順でした。そして朝廷への帰順のため、戦の最中で捕らえた高俅を無事に返さなくてはならないのです。しかし、林冲には嘗て高俅に陥れられた恨みがあります。
また、林冲が陥れられた後、高衙内に結婚を迫られた林冲の妻は、自害していました。
この恨みを晴らすために高俅を殺害しようとする林冲、しかし何度も阻まれ、結局高俅への復讐は果たせないまま、梁山泊は朝廷に帰順することになりました。
方臘の乱の最中、中風に倒れる
その後、林冲は宋江の指揮する軍の元で、数々の難敵と戦うことになります。その多くの戦場で活躍していく強さを持った林冲ですが、その心中は如何ばかりだったでしょうか。そうして、運命は梁山泊の終わりを告げるように、方臘討伐戦が始まります。これにこそ勝利する梁山泊の好漢たち、しかし帰路で林冲は突然に中風にかかってしまいます。
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最前線で戦い続けた男の、あまりに静かな退場。
この中風ですが、現代では脳卒中による後遺症の半身不随などの症状を表すもので、林冲もまた動けなくなったと言います。このため、林冲は宋軍と別れて杭州の六和寺に残って武松の看病を受けることになりました。そうして、林冲は半年後に死亡します。
理由までは分かりません。脳卒中が原因の半身不随であるなら、再び脳卒中が起こって助からなかったのかもしれません。しかしあまりにも簡潔すぎるこの結末に、読者は衝撃を受けるしかないのです。林冲の退場は、このようにあっけなく、静かなものでした。
悲劇の結末:病死と戦友・魯智深との絆
己の身の不遇と、愛する妻の悲劇、その原因たる存在への復讐は成し遂げられないまま。病の果ての退場、これこそが水滸伝、林冲における悲劇の結末です。
この最期の際に林冲の唯一の良かったことと言えば、六和寺には戦友であり、義兄弟でもあった魯智深も残っていたことでしょうか。魯智深と林冲についても少しだけ触れたいと思います。
唯一の理解者・魯智深との友情
魯智深と林冲は林冲が妻と東嶽廟に参詣にいった際に出会いました。この後で林冲が流罪にされ、殺されそうになった時に助けてくれたのが魯智深なのですが、この時の話をもう少しだけ。護送の最中に林冲を殺す際、魯智深が助けに来たのは偶然でもあり、偶然ではありません。何故なら魯智深は、この計画を偶然にこそ知ったものの、そのためにこっそりと護送される林冲を追っていたのです。
ここで林冲を助けて護送役人を殺害しようとするも、これは林冲に止められました。このために林冲は無事に流刑先に辿り着けるのですが、この一件が高俅に報告され、魯智深もまた東京から離れないといけなくなったのです。ええい高俅、何という悪人!
義兄弟として支え合った二人の対照的な生き様。
その後、林冲は梁山泊に、魯智深は二竜山で盗賊の首領をしていましたが、呼延灼に苦戦した所で梁山泊と合流。二人はそれから、それこそ最期の場までずっと共に行動を続けますが……その最期は対照的です。
魯智深は最期、師匠の言葉を思い出して自身の死期を悟り、悟りを開いて入寂します。そして林冲は……最期に何を思ったのでしょうか。林冲の心中を完全に代弁することはできませんが、彼らの生き様は現代の我々から見ても、色々と感じ入るとこがありますね。
戦績から見る強さ: 一騎打ちでの勝率が異様に高い「不敗の将」。
ここでしめてしまうともの悲しいので、林冲の強さについても少しばかり話しましょう。林冲の強さは水滸伝好漢たちの中でも上位と言って良いでしょう。またただ武力で圧倒するだけでなく、例えば扈三娘を生け捕りにしたり、李家荘の李応と杜興を梁山泊に引き込むために一芝居するなど、ただ力押しではない林冲の強さも発揮されています。
また関勝率いる梁山泊討伐軍との戦いでは関勝に勝利しかけますが、これは宋江のストップがかかったのが惜しい所。
ある意味、三国志演義の張飛と関羽が戦ったようなものと考えると、個人的にこの戦いの結末は見届けたくもあり……悩ましい所でした。
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林冲 vs 楊志: 互角の死闘が示す実力。
また林冲と言えば青面獣こと楊志との戦いも注目です。
林冲が梁山泊入りする直前の戦いではそれはもう白熱、見ている者を圧倒する二人の死闘、何ならここで王倫が「楊志もすっげー強いから仲間入りさせて林冲といがみ合わせよう!」とか考えるくらいには二人の武力は拮抗、そして常人からすると凄まじいものだったということが分かりますね。
まあここで楊志仲間入りして林冲と仲良くなったら余計に王倫の立場は危うくならないか?とか思っちゃうのですが……それはそれでちょっと見て見たかったですね。
林冲の武力:水滸伝「最強」は誰か?
さて、ここまでで林冲と戦ってきた人物たちの話を少しだけしましたが、度々頭を悩ませるのが「水滸伝最強は?」ということです。
単純に強さだけ言うと公孫勝がちょっとおかしいところありますので、それ以外でいうと……これが更に悩ましい。五将軍だけでなく、李逵や燕青も候補に入れたくなりますし、武力にこだわらない「最強」ならば、宋江や呉用、もっというと安道全なんかも必須と言えば必須の「強さ」を持っているのでは……?
個人的に武勇の話をしますと、史進はもう少しなにかエピソードがあれば良かったのにな~……と外れた意見まで出してしまいますが、皆さんはどうでしょうか?
水滸伝、悲劇の目線もあり、悟りの目線もあり、更には能力からも人物が読むことができる。やはり水滸伝、面白いですね。
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三国志ライター センのひとりごと
余談ではありますが、林冲、間違いなく三国志演義の張飛がモチーフです。身の丈八尺、顔が豹に似ている、これは三国志演義の張飛からのイメージですし、更にいうと扈三娘戦では「小張飛」と呼ばれています。そういう件を見ると、豪傑として林冲は作者からしても特別な存在だったのかな、と思いますね。
本日も湖の畔から、ちゃぽーん。
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