正史三国志には、劉備が諸葛亮を三度も訪問して自分の幕僚に加えたという話があります。新入りの諸葛亮が劉備にちやほやされるようになると、古くから劉備に使えていた関羽や張飛たちは面白くなく、ぶうたれます。すると劉備は彼らにこう説明しました。
「私にっての孔明(諸葛亮)は魚にとっての水のようなものなのだ」劉備が三顧の礼を尽くして水を得たこのエピソード。三国志演義では、劉備が参謀をゲットしようと焦るばかりに誰かれかまわず声をかけまくるというおまぬけエピソードになっております。
※本稿で扱うのは三国志演義に書かれている経緯です。
この記事の目次
予言「伏龍・鳳雛いずれかを得れば天下を安んず」
まずは劉備が参謀を欲しいと考え始めたきっかけから整理してみましょう。この頃、曹操が皇帝の身柄を確保して天下をブイブイ言わせている一方で、劉備は曹操軍に圧迫されて領地を捨てて逃げ出し、荊州の劉表のところに居候をしていました。
劉表は劉備を客将として迎え入れたものの、劉表の配下たちは劉備が荊州での存在感を増すことを恐れ、劉備を亡き者にしようとしていました。ある日、宴会の席で暗殺されそうになったところをなんとか脱出した劉備が郊外をトボトボと進んでいると、牛にまたがり笛を吹いている子供に遭遇しました。
子供「あんた、劉玄徳(劉備)だね」
劉備「なぜ私の名を知っている?」
子供「お師匠さまがいつも噂をしているのさ」
なりゆきで子供の師匠・水鏡先生に会いに行くことになった劉備。
水鏡先生に会うと、あいさつもそこそこにグサリと言われます。
水鏡「ご高名はかねがね伺っておりますのに、どうしていまだにくすぶっておられるのですかな?」
劉備「はてさて巡り合わせが悪いといいますか……」
水鏡「運のせいではない。参謀に恵まれていないからでしょう」
そして、水鏡先生はこの荊州にいい人材がいることをほのめかします。
「伏龍・鳳雛いずれかを得れば天下を安んずることができますぞ」
伏龍・鳳雛? なんならあんたでも!
ハッ! そうか! おいらがいっつもいいとこまでいきながらうだつが上がらないのはいい参謀がいなかったせいなのか!
水鏡先生の言葉によって突如として参謀を渇望し始めた劉備。その晩は水鏡先生の屋敷に泊まりましたが、伏龍・鳳雛のことが気になって眠れません。すると、夜中に誰かが水鏡先生の屋敷を訪ねてきました。
客「劉表には見込みがあると思って会いに行きましたが、カスでした」水鏡「きみは王佐の才を抱く者なのに、どうして劉表ごときに会いに行ったのだ!」
会話を盗み聞いていた劉備は、この客が伏龍・鳳雛いずれかに違いないと思い、翌朝さっそく水鏡先生を質問攻めにします。
劉備「昨晩来たのは誰ですか?」
水鏡「好、好」
劉備「伏龍・鳳雛とは誰ですか?」
水鏡「好、好」
ハオ、ハオ、じゃねえ、このすかぽんたん! と胸ぐらを掴みたいのをぐっとこらえ(というのは私の妄想ですが)、劉備は水鏡先生を拝み始め、自分に仕えてくれるようお願いし始めました。結婚相談所でお相手候補のプロフィールを見せにきた相談員の人にいきなり求婚しちゃうみたいなあわてんぼうの劉備。水鏡先生はもちろん断りました。
徐庶の思わせぶりな歌に食いつく
水鏡先生の庵を辞去し、自分の駐屯地に帰った劉備。街で馬に乗っていると、隠士のような服装をした人が思わせぶりな歌をうたっています。
天地は反覆し 火は殂びんと欲す
大厦の将に崩れんとするや 一木は扶え難し
山谷に賢有り 明主に投ぜんと欲す
明主賢を求むるも 却って吾を知らず
この歌の大意は、こんな感じです↓
火徳の漢王朝は滅びそうで、劉備さまお一人では支えがたいですよね。
賢い隠者の私が明主に仕えようと思っているのですが、劉備さまは私にまだお気づきでない!
この思わせぶりなコマーシャルソングにさっそくひっかかった劉備。これぞ伏龍・鳳雛に違いないと思い、すかさず声をかけ自分の幕僚に加えます。この人は伏龍・鳳雛いずれでもなく、その友人の徐庶でした。徐庶は劉備のもとでしっかり役に立ちましたが、戦乱の影響で、ほどなく劉備のもとを辞去しなければならなくなりました。
別れ際に、徐庶は自分の友人の諸葛亮を劉備に勧めます。
劉備「それは伏龍・鳳雛ですか??」
徐庶「鳳雛は龐統のことで、伏龍はいま私がお話しした諸葛孔明のことです」
これを聞いた劉備は躍り上がって喜びました。徐庶との別れの切なさはどこへやら。
隠士っぽい=諸葛亮だっ!
劉備が諸葛亮の庵を訪問しようかと考えていると、劉備の家の門番からこんな報告がきました。
「高い冠をかぶり幅の広い帯をしめた常人ならざる容貌の方が門外におみえです」
これぞ諸葛亮だっ! と思って迎えに出ると、それは諸葛亮ではなく、
徐庶に会いに来た水鏡先生でした。(徐庶が去ったことを知らずに訪ねてきた)
その後、劉備は諸葛亮の庵を訪ねました。しかし庵の門番に留守だと言われ、おとなしく引き返します。帰り道で、隠士のような服装をしたイケメンが颯爽と歩いてくるのを見つけました。劉備は “これぞ諸葛亮だっ!”と思い、いきなりイケメン氏の前に行ってお辞儀をします。話してみると、イケメン氏は諸葛亮ではなく、その友人の崔州平でした。
劉備「ご高名はかねがね伺っておりました。ちょっと座ってお話ししましょう」
崔州平「将軍は乱を鎮めようという志をお持ちのようですが、治世と乱世は繰り返すものですよ。
ジタバタと天運に逆らわなくったっていいんじゃないかなァ」
劉備「孔明先生はどちらへ行かれたのでしょうなぁ」
崔州平「さあねぇ」
劉備「崔先生、私のところへ来て下さい」
崔州平「いやです」
かなり簡略化しましたが、こんな会話をして、劉備は崔州平と分かれました。
崔州平の発言には劉備の役に立ちそうな要素は片鱗もないのに、
どうして配下に加えようとしたんでしょうか。
なんでもいいから隠士っぽいのを一人とっ捕まえてくれば
たちまち運気がアップするとでも思ったのかな……。
またしても友人トラップ
一度目の訪問は空振りに終わり、二度目の訪問に向かった劉備。道中、通りかかった酒屋から二人の酔っぱらいが歌い交わす声が聞こえてきました。
「♪どんなに英雄がいたって明主に出会えなければなぁ~ ヨイヤサ♫」
「♪乱世に出て苦労するこたぁないじゃないか~ アコリャ
歴史に名を残そうなんて思わなければ一生安らかに過ごせるさ~ サノヨイヨイ♫」
歌が終わってゲラゲラと笑い転げる二人。劉備は “これぞ諸葛亮だっ!”と思い(なんでやねん)、二人にお辞儀をして話しかけました。
劉備「どちらが臥龍先生(諸葛亮の号)ですか?」
二人「我々は臥龍の友人の石広元と孟公威です」
劉備「ご高名はかねがね伺っておりました。一緒に臥龍先生のお宅へ行ってお話ししましょう」
二人「お一人で行って下さい」
この人たちは “歴史に名を残そうなんて思わなければ一生安らかに過ごせるさ~”と歌って“そうそう、そうだよなぁ!”と顔を見合わせてゲラゲラ笑っていたのですから、劉備の覇業に役立ちそうもないのに、劉備ったらほんとにみさかいありませんね。歌詞の内容が分からなかったのかな……。
こんどは弟トラップと舅トラップだ!
さて、酔っ払い二人にふられた劉備。諸葛亮の庵に着くと、今日はお留守ではない様子。屋敷に入ると、炉の前に膝を抱えて座りながら思わせぶりな歌をうたっている少年がいました。
「♪鳳は梧にしか住まないyo! 士は明主にしか仕えなyay!」
劉備はこの少年が諸葛亮であると思い込み、さっそくあいさつをします。しかしこの人は諸葛亮の弟の諸葛均で、おめあての諸葛亮は今日も留守とのことでした。しかたなく屋敷を後にする劉備。すると、隠士のような風采をした人が驢馬に乗って歌いながら屋敷に向かってくるのが見えました。
「♪舞い散る雪は お空で戦う龍の鱗 天下はまっしろ 梅の花が痩せてしまったわ」
劉備は “これぞ真の臥龍だっ!”と思いあいさつをしましたが、これは諸葛亮の舅の黄承彦でした。
諸葛均と黄承彦の歌は、さっきの酔っ払い二人と違って意識が天下のほうに向いていますから、
これを諸葛亮だと思うのはまあ分かりますね。しかしこの二人のことは勧誘しない劉備さん。どういう基準ですのん。
三国志ライター よかミカンの独り言
この後、三度目の訪問で劉備はようやく諸葛亮に会うことができ、諸葛亮を幕僚に加え、俺が魚であいつが水というような間柄になりました。伏龍・鳳雛のことが気になり始めて以来、目につく隠士をことごとく“諸葛亮だっ!”と思い声をかけまくった劉備さんは、どんなルアーにも食いつくみさかいのないお魚みたいで面白いですね。
三国志演義の劉備は、諸葛亮の価値なんかちっとも分からないまんまゲットしようとしていたのではないでしょうか。三顧の礼って、本当は、諸葛亮のほうが劉備をつかまえたのかもしれませんね。
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