「王佐の才」と称賛され曹操から「張子房」と言われた魏の名政治家・荀彧(じゅんいく)。彼と甥の荀攸(じゅんゆう)は魏の国内でトップクラスの政治家であり軍師でした。そんな荀彧は七人の息子を持ち子宝に恵まれ、息子達は全員優秀でした。
今回紹介する荀粲(じゅんさん)は彼の七男として生まれます。彼は幼少期から優秀で六人の兄と論戦しても、一度も負けた事がありません。また一人の女性を愛しぬいた愛妻家としても知られます。
この記事の目次
荀彧と七人の子供達
荀彧は七人の子供に恵まれます。七人の子供達は全員秀才であり、将来を期待される逸材でもありました。しかし父が曹操(そうそう)と対立し、自殺した事がきっかけで曹氏一門と親しく付き合う事を止めます。そして司馬家と付き合いはじめ、だんだんと親密になっていきます。
兄である荀俁の弁舌
荀粲(じゅんさん)は荀彧の七男として生まれます。兄達は儒家(じゅか)を学んでいましたが、彼だけは道家の教えを学び「六経(りくけい=儒教の「易・書・詩・礼・春秋(孔子が作った書物)・楽)が存在していていても、それは孔子の残りカスにすぎない」と痛烈な批判を常々行っていました。荀彧の次男である荀俁(じゅんぐ)は彼の批判を聞き「易では象(しょう=易に現れた形の事)を立てて意味するものを探求し、それを言葉によって細かく表現しているのだ。この言葉を深く理解すれば、見聞できない事なんてない。」と言われます。
荀粲の反論に言葉が出ない兄
荀粲は兄の言葉にすかさず反論し、
「深く潜んでいる道理は象によってあらわすことはできません。また兄上は先ほど象を立てて意味するものを探求すると言われましたが、その外に隠されている意味を述べておりません。また言葉によって表現するとの事でしたが、言葉の外にある事まで言い尽くされておりません。という事は象外の象、言外の言葉は奥深くに隠され、表れていない事になりませんか。」と反論。
この反論に荀俁は唸り声を上げるだけで、反論できずその場を後にします。
父荀彧と甥荀攸を評価
荀粲の兄達はある日、父荀彧と甥荀攸のどちらが優れているか評価します。兄達は色々と論議しますが、荀彧と荀攸の優劣はつけがたいと判断。しかし荀粲は父荀彧より甥荀攸の方が優れていると評価します。その理由として、父荀彧は気高く、皆より優れているが、常に礼法に則って行動している為、人が中々集まりにくい。しかし荀攸は親しみやすく、慎み深く目立たたないような生き方をしている彼の方が父より優れていると判断を下します。兄達は激怒し荀粲に論戦を挑みますが、反論できませんでした。
親友との出会い
荀粲はその後家を出て魏の都である洛陽へ行きます。この時傅暇(ふか)と知り合い老荘思想について語り合います。二人は昼夜を忘れて語り合い、意気投合。親友として付き合いを始めます。
【次のページに続きます】