北方謙三先生の『三国志』(以下、「北方三国志」とします。)では料理のシーンが登場します。三国志に関する他の作品で料理が取り上げられることはほぼなく、「北方三国志」の特徴となっています。そこで、今回の記事では、「北方三国志」に登場する料理について解説していきたいと思います。
料理人・張飛!?
「北方三国志」において、料理をする登場人物として張飛が登場します。というよりは、「北方三国志」における料理はそのほとんどが張飛によるものです。
この背景には、張飛が肉屋の出身であるという作中の設定があるからでしょう。「肉屋の張飛」という設定は、正史には見られないものの、演義やその他の三国志を題材とした講談や物語、民間伝承にはしっかりと根付いています。
例えば、かつて蜀があった四川省近辺では、現在でも「張飛牛肉」という料理が知られています。「北方三国志」は概ね正史に準拠した作品ですが、ところどころでは演義や筆者の創作が織り交ぜられており、こうして適度な創作要素を織り交ぜているところも「北方三国志」の魅力の一つになっています。
漢の料理
「北方三国志」に登場する料理ですが、武将たちの戦いを描く作品であることから、戦いを終えた者たちが酒を酌み交わしながらかぶりつくような豪快な料理がほとんどです。ここでは、そんな「漢の料理」について見ていきたいと思います。
「北方三国志」においてはじめて料理が本格的に登場するのは、実は物語の冒頭なのです。それは、劉備・関羽・張飛の三人が出会い、劉備が自らの志を語るシーンです。
劉備の人徳と仁義にひかれた関羽と張飛が劉備の家を訪れ、酒を酌み交わします。そこで登場する料理というのが、羊の焼肉です。肉屋の張飛が持ってきた羊肉を焼き、付け合わせの岩塩のみで味をつけて三人で食べるのですが、貧しい暮らしをしていた三人にとって羊肉はごちそうだったらしく、三人は語り合うのをやめ、とり憑かれたように肉を貪り食うのです。
ハードボイルドの巨匠として知られる北方謙三先生らしく、三人が肉を食べるシーンは、羊肉の脂や肉汁が滴るような様子に至るまで非常にリアルに描写されており、読者の我々の食欲までも刺激してくれます。
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張飛の野戦料理
そして、「北方三国志」に登場する料理の代表といえば、「張飛の野戦料理」でしょう。「北方三国志」の張飛は、肉屋で働いていたという設定もあり、いわば劉備軍の「料理担当」的なポジションも兼ねていました。そんな張飛が、戦場で兵士たちに振る舞っていたのが「野戦料理」です。張飛の「野戦料理」は、豚の丸焼きをアレンジしたもので、そのレシピはこのようになっています。
- 豚の内臓を取り出し、中に米や野菜などを詰める。
- 豚を丸ごと火であぶり、豚肉が焼きあがったら完成。
なんとも豪快な料理ですね。豚の脂や肉汁が米や野菜に染み込んでいるので、とても美味しそうです。
しかし、張飛の野戦料理は単に美味しいだけではなく、戦場の兵士たちが食べる料理として非常に理に適っていると言えるのです。まず、この野戦料理は豚をさばいて内臓に米や野菜を詰めて焼くだけなので、調理が非常に簡単なのです。あまり手の込んだ調理ができない戦場では、このような簡単な料理が好まれるのは当然と言えるでしょう。
また、この野戦料理では、肉・米・野菜などをバランスよく摂取することができます。栄養の偏りは兵士たちの体調悪化につながり、パフォーマンスを悪化させてしまいます。当時はもちろん、栄養学的な知識はありませんでしたが、たんぱく質・炭水化物・ビタミンを全て摂取できるこの野戦料理は、いわば戦場での「完全食」と言えるでしょう。
三国志ライターAlst49の独り言
いかがだったでしょうか。「北方三国志」の魅力に料理のシーンを挙げる読者も少なくありません。ハードボイルド作家の北方謙三先生らしく、作中で登場する料理や食事の場面はとてもリアルで、読者から見ても実に美味しそうに見えます。
その一方で、作中冒頭で劉備・関羽・張飛が語り合うシーンでは、彼らの出身地である河北で食されている羊肉が登場し、劉備が荊州や益州を拠点とした時期には、南方で食されている豚肉が登場するなど、料理一つをとっても「北方三国志」はしっかりと考証がなされており、よく作り込まれた作品であることがうかがえます。
そして、「料理」は、「北方三国志」以降の著作である『水滸伝』や『岳飛伝』などの作品にも受け継がれており、北方謙三先生の歴史小説の重要な要素になっているのです。皆さんも、「北方三国志」を読んで、当時の英雄たちが食した料理に思いをはせてみてはいかがでしょうか。
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