中国の清の時代の初期に纏(まと)められた兵法三十六計は、
兵法における戦術を六段階、36に分類したものです。
その中の14番目に、借屍還魂(しゃくち・かんこん)という計略があります。
借屍還魂(しゃくち・かんこん)ってどういう意味?
おおまかな意味は、すでに亡くなった権威や、いなくなった他人の名声を
利用して、自分の利益を上げるという方法です。
これは、中国史ばかりでなく、他国でも似たような方法が、
取られているので、少し紹介してみましょう。
① 有名人の名前を借りて、利益を得るタイプ
一番ポピュラーで簡単なのは、すでにいない有名人の名前を騙り
自分の野望を達成するというタイプの、借屍還魂です。
有名なのは、秦末の叛乱を起した陳勝(ちんしょう)と呉広(ごこう)でしょう。
平民に過ぎない彼等は、農民軍に権威を付ける名目で、
始皇帝の長男で、名声の高い扶蘇(ふそ)の名前を使ったり
秦の天下統一に最後まで抵抗した楚の項燕(こうえん)大将軍の名前を
騙ったりしています。
新聞もテレビもない時代ですから、それを信じる人は多く
陳勝・呉広は、大勢の人間を集める事に成功しました。
② 先祖の名前を使い利益を得るタイプ
先祖に有名人がいた場合には、その名前を出す事で、
自分の力を大きく見せる事が可能になります。
三国志の劉備(りゅうび)は、前漢の景帝の子孫、
中山靖王劉勝(りゅうしょう)の末裔という400年も遡る、
うっすい血縁を最大限利用し、乱世を渡るテクニックにしました。
日本史でも、鎌倉幕府を起した源頼朝は、父が源氏の大将、
源義朝だった事を最大限に利用しています。
義朝は、頼朝が挙兵した頃にはすでに殺されているので、
これも借屍還魂の一種でしょう。
また、中央アジアの覇者、チムールは、チンギス・ハーンの末裔を
名乗り敵に威圧感を与えていましたし、
インドのムガル王朝を開いたバーブルは、このチムールの末裔を
自認して、戦いインドを統一しています。
強くて残忍無比なチンギスハーンの勇名は中央アジアや、
インドに轟いていて、多くの相手は戦う前に怯んでしまったのです。
③過去の故事を利用して利益を得るタイプ
借屍還魂には、過去の故事を利用して、自分の利益にするタイプもあります。
最初に琉球を統一した覇王、尚巴志(しょうはし)は、
西暦1416年に北山(ほくざん)王、攀安知(はんあんち)を攻めるのですが、
この時に北山の他の豪族を仲間に引き込んで攀安知を孤立させています。
実は、攀安知は、祖父の代に北山の前の王を追い出して今帰仁城を乗っ取った
下剋上の人物で、北山の他の豪族は、この追放された王の末裔でした。
そこで尚巴志は、北山の豪族に先祖の仇討ちをさせる事を大義名分とし
自分はそれに手を貸すとしたのです。
※もちろん、尚巴志は、北山の前の城主とは縁もゆかりもありません。
こうして、今帰仁城を攻め落とした尚巴志は、前の北山王の末裔の
護佐丸(ごさまる)という武将を今帰仁城主に任命させて、
形上、仇を討たせたという体裁を取り繕ったのです。
いかがでしょう? こうして見ると、時代と社会は違っても、
借屍還魂が広く計略として使われているのが分かりますね。
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