キングダム
黄巾賊




はじめての三国志

menu

はじめての変

後漢末から三国時代の世界情勢はどうなってたの?

この記事の所要時間: 529

世界 曹操

 

後漢末の動乱から三国時代、晋の統一までを語る三国志

後漢の頃にはローマから商人も来ていたというけれど、では他の国や地域は一体どのような歴史を辿っていたのでしょうか?

 

ざっくりとですが、モンゴル・日本・朝鮮半島以外を地域ごとに見ていこうと思います。

場所の説明に現在の国名を書いていますが、あくまで「この辺り」という参考程度にお考え下さい。

 

関連記事:三国志って何?はじめての人向け

 

 

帝政ローマ

 

2世紀前半はいわゆる五賢帝の時代です。

地中海域(現在のスペイン~ギリシア~シリア~エジプト~チュニジア~モロッコにかけて)は全てローマの海であり、

東にある強大な隣国パルティアとは30年に1度の頻度で戦争をしています。

 

北はドイツのライン川・ドナウ川を境としてルーマニアやアルメニアといった黒海南岸地域まで勢力範囲が及び、属州が置かれました。

しかしゲルマン人やサルマタイという遊牧民に悩まされる事もありました。

 

180年に最後の賢帝マルクス・アウレリウス・アントニウスが病没すると、その息子のコンモドゥスが即位しますが、彼は奸臣を重用したり、身内と権力争いが絶えず、元老院とも対立するようになり、31歳の若さで暗殺されます。

 

五皇帝の年

 

その後193年までの1年間、五皇帝の年と呼ばれる内乱状態に陥ります。

内乱を制したセプティミウス・セウェルスによりセウェルス朝が開かれますが、暴政や内乱、暗殺が続きローマの威光に陰りが見えた時代でした。

235年に皇帝アレクサンデル・セウェルスがローマ軍により暗殺されると、その後は軍人皇帝が乱立する時代と移っていきます。

 

中東~イラン高原

photo credit: Palmyra VII via photopin (license)

photo credit: Palmyra VII via photopin (license)

 

現在のトルコ・シリア・レバノン・ヨルダン・エジプトなど地中海湾岸地域はローマの属州です。

そのローマと国境を接しイラン高原一帯を中心に治めるパルティアは、東側はトルクメニスタン、パキスタン、アフガニスタンまで勢力を広げる大国でした。

国境、特にシリアやアルメニア地域を巡りローマとたびたび戦争しています。

 

207年頃に国内を二分する内乱が起き、この争いは拡大して遂にパルティアは滅亡してしまいます。

226年からササン朝ペルシアが興りました。

 

関連記事:劉備も関羽もイスラム教徒?中東シリアで流れる三国志アニメ

関連記事:三国志で複雑なシリア内戦をザックリ解説

関連記事:三国志でイラク戦争を考えてみようじゃないか

 

アフリカ

 

紅海沿岸地域では、スーダンにはメロエ王国、エチオピアにはアクスム王国がありました。

ナイジェリアやニジェール一帯には、ノク文化という初期鉄器文化の時代でした。

 

南部のモザンビーク沿岸部では、サン人やバントゥー系アフリカ人といった人々が紅海湾岸地域や中東地域と交易をしていました。

 

東西ヨーロッパ・イギリス

 

ローマの項で書いた通り、ライン川とドナウ川を境にローマの属州地域とゲルマン人居住地域に分かれていました。

現在のドイツを中心にゲルマン人は頻繁に反乱を起こしていますが、ローマと友好的な関係を結んだゲルマン人部族もいました。

 

ルーマニアは当時ダキアと呼ばれる地域で、2世紀にローマのダキア属州となりました。

これ以後3世紀くらいまでにキリスト教が広まりつつあります。

 

ブルガリアにはトラキア人の国がありましたが、1世紀にローマのトラキア属州となりました。

これより東側の地域ではどうだったのでしょうか。

 

ドイツのすぐ東にあり広い平原を持つポーランドにはゲルマン人だけでなくスラヴ人の祖先が、ローマの文化に影響された生活を送っています。

黒海北岸のウクライナにはスキタイ人の国がありましたが、2世紀ごろにバルト海沿岸から南下し移住した東ゴート人に滅ぼされました。

 

イギリスはケルト系ブリトン人が住んでいて、現在のイングランドとウェールズはローマ属州、スコットランドはケルト人が住み、ローマ人から「蛮族」扱いされていました。2世紀前半にはハドリアヌスの長城、アントニウスの長城(20年で放棄)が築かれています。

 

北欧

photo credit: via photopin (license)

photo credit: via photopin (license)

 

デンマークではケルト系、ゲルマン系の人々が住み、ローマ属州と交易を行っていました。

スウェーデンは、スヴェーア人の30弱の部族がメーラル王国など3つの国へまとまりつつあります。水軍が強かったようです。

フィンランドではフィン人とサーミ人、ノルウェーではノルマン人が定住生活を行っています。

 

ロシア

鮮卑族 l

 

ロシア西部のウクライナやポーランドに近い一帯では、スラブ人の祖先が農耕生活を送っています。

ロシア南部では遊牧民族のサルマタイ、サルマティア人が暮らしています。

 

このサルマティア人の一派がアラン人で、2世紀ごろにはカスピ海沿岸地域までを支配していました。

後漢書に登場する「阿蘭」はこのアラン人を指すと考えられています。

 

ロシア東部…というか中央アジアからバイカル湖周辺にかけては、テュルク系遊牧民が暮らしていました。

漢や魏の史書には「丁令」という名で記された人々です。1世紀代には匈奴の配下となっていましたが、2~3世紀ごろは独立勢力となっていたようです。

 

インド

 

北インドでは中央アジアまで勢力を広げたクシャーナ朝という王朝が栄えました。

中国の史書で「大月氏」と記される人々で、3世紀後半にササン朝ペルシアに滅ぼされます。

 

デカン高原一帯ではサータヴァーハ朝が開かれていました。

ローマ帝国とも盛んに交易を行い400年以上栄えた王朝でしたが、3世紀に入る頃に国内の反乱が原因で滅亡しました。

南インドにはパーンディヤ朝があり、やはりローマとの交易で栄えました。スリランカも勢力下に置いていました。魏略にも記述のある王朝です。

 

関連記事:曹真が余計な事をするから邪馬台国の場所が特定出来なくなった?

関連記事:曹真は異民族国家/大月氏国(クシャン朝)を魏に帰順させる

 

東南アジア

photo credit: Short Holiday via photopin (license)

photo credit: Short Holiday via photopin (license)

 

カンボシアにはオーストロネシアが建てたと考えられている国家がありました。

2~3世紀頃の国名は不明ですが、7世紀の梁書には「扶南国」と記されています。

インドと中国との交易で栄えました。

 

ミャンマーにはティルチュルという民族が暮らしていました。

ピューとも呼ばれ、西南異方志などでは「驃」という国名で表されています。

 

タイにはモン族のドヴァーラヴァティー国がありました。

ベトナムでは192年、後漢の日南郡象林県の官吏区連が反乱を起こし、チャンパ王国(漢名は林邑国)を興しました。

しばらくは中国風の文化を保ちましたが、隣国扶南の影響を受けインド文化圏の仲間入りをします。

 

オーストラリア

 

モンゴロイド系のアボリジニが住んでいましたが、インドネシアの島々との交流があった事以外、詳しい事はわかっていません。

 

南北アメリカ

 

メソアメリカではテオティワカン文明、マヤ文明、サポテカ文明が栄えています。

北アメリカでは上記のような高度文明はおこっていません。

 

南アメリカでは地上絵で有名なナスカ文化、モチェ文化が栄えています。

北のカリブ海沿岸地域ではチプチャ語を話す人々が、カシケという首長制の元で生活しています。

 

後漢末~三国時代の世界情勢のまとめ

劉禅 韓非子

 

いかがでしたでしょうか?

世界史専攻のかたが読んだら怒りだしそうなくらいに大変ざっくりと、しかも中国とあまり関係ない地域の事まで書きましたが…こうして見ると、後漢末~三国時代も動乱の時代ですが、その他の地域でも結構興亡があったり、王国があったり、民族の移動があったりする時期なのだなあと改めて思いました。

 

今後どんどん文献や考古学資料が研究されて、さらに詳細なわかってくるのが楽しみです。

文中では「サルマティア」だの「ブリトン人」だの???となる言葉を説明せず書いていますが、興味を持った言葉があれば調べてみてください。

その時に世界地図が傍らにあると楽しさ倍増ですよ。

 

—三国志を彩どる異民族が満載!—

三国志vs異民族 バナー

 

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 

関連記事:中国だけじゃない? 世界の三国時代・古代琉球・朝鮮半島・ブリテン諸島などを紹介

関連記事:超分かりやすい!三国志 おおざっぱ年表

 

 

 

こちらの記事もよく読まれています

兵士

 

よく読まれてる記事:三国志時代の通信手段は何だったの?気になる三国時代の郵便事情

 

董卓紙幣

 

よく読まれてる記事:三国時代の経済ってどうなってたの?

 

孫権日本

 

よく読まれてる記事:不老不死の妙薬を求めて? 孫権の倭国(日本)遠征計画

 

 

この記事を書いた人:栂みつは

みつは様

自己紹介:

初めましてこんにちは。栂(つが)みつはと申します。
10代の頃から三国志にハマり、小説や演義では飽き足らず正史を購入。列伝を読みふけってはニヨニヨする残念な青春を送っておりました。

関連記事

  1. 周倉(しゅうそう)と関羽はどんな関係だったの?三国志の上司と部下…
  2. あの曹操が箱入り娘ってどういうこと!?華容道って、なに?
  3. 根拠のない夢を信じないリアリスト曹操
  4. リアルな正史三国志の特徴って?ってか正史三国志は需要あるの?
  5. 【故郷を愛した英雄】曹操は故郷が大好きで仕方がなかった
  6. 陸遜(りくそん)ってどんな人?100年に1人の呉の逸材
  7. 蒼天航路では王?正史三国志よりも活躍していた夏侯淵をご紹介
  8. 関羽、曹操に取りあいをされた人妻 杜夫人

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【兵法書・六鞱(りくとう)】いにしえのカッチョイイ名言をビジネスに応用しよう!
  2. 孫堅が伝国の玉璽を手に入れたわけ
  3. 2分で分かる合肥の戦い その1 はじまりの裏側
  4. 天下の袁紹軍の組織図はどうなってたの?袁紹陣営をミエル化してみる!
  5. 大久保利通の死因は?ご遺体とお墓はどこにあるの?
  6. 朝まで三国志2017 三国志の最強軍師は誰だ! 第16部

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" “広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

劉備は本当に大器だったの?三国志演義の主役を斬る 『真・三國無双8』プロデューサー鈴木亮浩が絶賛する三国志×学園ラブコメ『劉備徳子は静かに暮らしたい(仲野えみこ/白泉社)』第2巻を販売開始。 文聘(ぶんぺい)のリアル三國無双!五虎大将軍の関羽を倒し呉王・孫権には空城の計を使っちゃう! 大久保利通や西郷どんもビールを飲んだ!明治4年山口での文明開化 夏候惇の父親としての評価はどうだったの? 【異聞】徐庶は劉備の人徳なんかどうでも良かった? 中国だけじゃない? 世界の三国時代・古代琉球・朝鮮半島・ブリテン諸島などを紹介 諸葛孔明の発明|伝説肉まんから紙芝居まで?

おすすめ記事

  1. キングダム556話「王翦の守り」ネタバレ&レビュー
  2. 中国だけじゃない? 世界の三国時代・古代琉球・朝鮮半島・ブリテン諸島などを紹介
  3. 孫礼(そんれい)とはどんな人?境界事件を解決したにも関わらず理不尽な罰を受ける
  4. 【シミルボン】不老不死の為なら死んでもいい!寿命を縮めた曹操のデタラメ健康
  5. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース34記事【1/9〜1/15】
  6. 袁術は異常気象のせいで天下を握り損ねたってホント?
  7. 【大三国志 攻略1】ついに始まった中国韓国で大ヒットしている戦略RPGの三国志
  8. 【はじめての孫子】第10回:九変の利に通ずる者は、兵を用うることを知る

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“邪馬台国"
PAGE TOP