呉の初代丞相・孫卲(そんしょう)は「正史三国志」に記されていないのは何で?


孫権(そんけん)に仕える

 

 

孫卲は中原に群雄が割拠し、中原が戦乱に包まれると、揚州に逃げます。揚州へ赴くと揚州の刺史である劉繇の元で一時的に身を寄せます。しかし孫策(そんさく)の跡を継いだ孫権が江東一帯を統治するようになると、彼は孫権に仕えます。彼に仕えると江東の支配に関する問題や統治方法、徴税方法など政治に関するあらゆる事を献策。孫権は彼の献策で呉の国家は豊かになった事から、その実績を認め盧江太守に任命します。


初代呉の丞相に任命される

孫権と三国アヒル

 

孫卲は盧江太守として、自らの政治手腕を発揮していきます。彼は盧江に赴くと、戦乱で疲れた民衆を安心させるため、色々な政策を実施。かなりの効果を挙げます。孫権は彼の政治における能力の高さを認め、車騎将軍に任命します。劉備軍を夷陵の戦いで破り、大勝利を収めた後、孫卲を丞相に任命。彼はこうして呉の初代丞相が誕生します。孫卲は丞相になると今まで以上に呉の政治をしっかりと行い、農作物や商業などを精励し、生産力向上に努めます。


他の臣下から嫉妬される

影の薄い孫権

 

孫卲は実績を上げると他の臣が彼の足を引っ張り始めます。張温(ちょうおん)などの文官は孫卲が活躍していることが気にくわず、彼の悪口を孫権に言います。孫卲は自分の悪口を言われていることを知って、丞相の位を辞めようとします。孫権は彼の政治能力の非凡さを認めており、孫卲に「俺は君の悪口を聞いても気にしてない。だから再び丞相になって呉を支えてくれ」とお願いします。孫卲は孫権のお願いを聞き入れ、再度丞相として国のトップに立ちます。しかし再度丞相になってから2年後彼は老齢の為この世を去ります。


三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

呉の初代丞相なのに他の臣下の讒言が原因で、正史三国志に名を連ねる事が出来なった孫卲を紹介しました。呉の歴史書を作った韋昭が前漢の「史記」の作者である司馬遷(しばせん)のように公平な目で歴史を記す事が出来れば、彼の名はもう少し有名になっており、もしかした某アクションゲームに登場して、爆発的な人気ぶりを見せていたかもしれませんね。

 

 

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