徐邈(じょばく)とはどんな人?曹操の禁酒令を破ったのに逆に出世した男


劉寛 酒

 

現代では、成人式で酔っ払った若者が粗相したり、会社の飲み会で悪ノリした人が失敗するということは良くあることです。そういう失敗をしたときには、自身の将来に関わるような場合があります。

 

三国志 牢獄

 

飲んで飲んで、酔い潰れて、気が付いたら留置所だった、なんて場合はシャレになりません。三国時代の魏の曹操(そうそう)は、禁酒令を布いたことで知られています。中国は、儒教の国ですから、礼節を重んじる教えがあります。お酒のせいで礼節を欠くことの無いように、またお酒のせいでトラブルが起きないように配慮したのでしょう。ところが、そうした時代においても、お酒で失敗する人がいました。今回はお酒の失敗で知られる徐邈(じょばく)という人物をご紹介します。


役人 徐邈の不祥事! 正に徐邈の自爆!!!

 

徐邈(じょばく)は曹操の禁酒令を破った

 

燕国薊県出身の徐邈(じょばく)、字(あざな)は景山(けいさん)という役人がいました。彼は三国時代の魏の政治家でした。徐邈(じょばく)は、禁酒令を布かれているにもかかわらず、酒をこっそり飲んでいました。徐邈(じょばく)「禁酒令は分かっていてもこれだけは止められぬ。ばれないように少しだけ、少しだけ(チビリチビリ)」

 

徐邈(じょばく)は業務に支障の無いように少しずつ嗜んでいました。しかし、期待を裏切らず、いつの間にかグデングデンになってしまいました。そこへ趙達(ちょうたつ)という役人が、訪ねてきました。

 

趙達(ちょうたつ)「少し尋ねたいことがありまして、御伺いしました。ちょっと役所の事務についてなのですが・・・」

徐邈(じょばく)「うぃ~っ、あんだって、ちょっと今体調が悪くってれぇ。また今度にしてくれませんかね。」

趙達(ちょうたつ)「(呂律が回っていない・・・、何か顔も赤い気がする)あなた酒飲んでるでしょ。」

徐邈(じょばく)「私は聖人の毒にあたりましてね」

趙達(ちょうたつ)「・・・・・(駄目だコイツ)。」

 

こうして、徐邈(じょばく)はやらかしてしまいました。それにしても、「聖人の毒」とは、彼はどのような毒にあたったのでしょうか?


極刑不可避!? 徐邈の処遇!

朝まで三国志 曹操

 

禁酒令をないがしろにして酔いつぶれて仕事をしない徐邈(じょばく)を、趙達(ちょうたつ)は曹操(そうそう)にちくりました。

 

曹操(そうそう)「酒を飲んだいるだと!怪しからん奴め!!」

趙達(ちょうたつ)「聖人の毒にあたったと申しておりました」

曹操(そうそう)「聖人だと・・・。何のことだ・・・。!

徐邈(じょばく)にとっての聖人とは主である余のことであろう。余が毒を盛ったといったのか!

禁酒令を破って酔いつぶれておきながら、職務を全うできなかったのを余のせいだと言っているのか!!!」

鮮于輔(ぜんうほ)「酒飲みは禁酒令が布かれていることもはばからず、

澄んだ清い酒のことを聖人と呼び、濁った汚れた酒のことを賢人と呼び区別しております。

おそらく酔ったためのジョークでしょう。

普段の徐邈(じょばく)はおとなしく慎み深い性格です。

今回は酒の上での仕方ない行動であります。」

 

徐邈(じょばく)の「聖人の毒」とはただのジョークだったのでした。鮮于輔(ぜんうほ)が命乞いしたため、徐邈(じょばく)は罪に問われたものの、死罪は免れました。


その後の徐邈・・・

曹操死んでもヨメを・・・

 

徐邈(じょばく)はその後、その後、朧西太守、南安太守を歴任し、曹操の死後に曹丕(そうひ)が即位した後は、譙県令・平陽、安平太守・典農中郎将を歴任し、関内侯の爵位を得るまでになりました。お酒で失敗した徐邈(じょばく)でしたが、順風満帆にエリート街道を進んでいました。

 

曹丕 残忍

 

曹丕(そうひ)はある時、徐邈(じょばく)に問いました。

曹丕(そうひ)「今でも聖人の毒にはあたっておるのか?」

徐邈(じょばく)「昔、楚の子反は禁酒の令を破ったために、死刑に処せられました。

また、魯の御叔(ぎょしゅく)も酒を飲んだがために、年貢を二倍にされるという罰を受けました。

その二人と同じように、性懲りもなく、時々あたっております。

斉の閔王(びんおう)の后の宿瘤(しゅくりゅう)は、醜女ということで後世に名が伝わりましたが、

私は酔っぱらいということで有名になってしまいました。」

曹丕(そうひ)は笑って側近に言いました。

曹丕(そうひ)「うわさ通りの人物であるわい。」

曹丕(そうひ)は徐邈(じょばく)を軽くからかったつもりでしたが、

その返答を高く評価し、撫軍大将軍軍師に任命しました。


徐邈から学ぶ「酒の扱い方」

お酒 三国志 曹操

 

徐邈(じょばく)は本来、真面目で実直な人物でした。しかし、酒が好きであったが故の「失敗」と「成功」をしています。まず、酔いからの「失言」によって、曹操(そうそう)から顰蹙を買い、危うく死罪となるところでした。恐らく、命乞いするものが現われなければ彼は死罪となっていたでしょう。これが彼のお酒の失敗です。一方では、徐邈(じょばく) は曹丕(そうひ)にからかわれた時に、その機智と諧謔を以て切り抜けました。これによって、徐邈(じょばく)は昇進することができました。これが彼の成功です。お酒は失敗をしばしば招くものですが、扱い方によって成功を収めることができることを徐邈(じょばく)は教えてくれたのだと思います。

 

三国志ライターFMの独り言

FM

 

「酒は飲んでも飲まれるな」といいますが、お酒の失敗は誰もが避けたいものだと思います。徐邈(じょばく)はお酒のおかげで、「失敗」しそうになりましたが、一方でその失敗を利用して「成功」しています。お酒に振り回されるだけでなく、それを利用するという、そうした生き方は現代人も見習うべきところであると思います。それにしても、徐邈(じょばく)に対する曹操(そうそう)と曹丕(そうひ)の対応が逆なのは少し面白いですね。もしも、最初に「聖人の毒」という報告を聞いたのが曹操(そうそう)でなく曹丕(そうひ)だったら、死罪どころか何の罪にもならなかったかもしれません。

 

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