編集長日記
ビジネス

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

【軍師連盟】司馬懿は何で身分の低い鄧艾を重用したの?

この記事の所要時間: 216




司馬懿

 

司馬懿(しばい)といえば魏の大将軍であり、

蜀の諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)を最後まで苦しめた戦上手として知られています。

司馬懿がいなければ蜀はもっと領土を拡大し、魏を滅ぼせたかもしれません。

要するに曹操亡きあとの大黒柱が司馬懿です。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら




曹操に見いだされた才能

司馬懿と曹操

 

それはもはや将軍・軍師という枠では

収まりきらないほどの重責であり、また、活躍でした。

初めこの司馬懿の出仕を執拗に迫ったのが時の権力者である曹操です。

曹操はひとの才能を見抜く術にかけては天下一品です。

曹操には若き頃の司馬懿がダイヤの原石のように見えたことでしょう。

司馬懿は出仕を嫌がりますが、

ひとの才能を生かすことが生き甲斐のような曹操はそれを許しません。

しぶしぶ司馬懿は出仕することになります。




司馬懿の性格は保守的なのか

司馬懿

 

「自分が、自分が」とひとの前に出たがるような積極性を司馬懿は控えています。

どちらかというと裏方です。曹操の家督を継ぐことになる息子の曹丕の側近として仕えます。

曹丕が家督をめぐる争いで曹植に勝てたのは、

ひとえに慎重な司馬懿の献策によるものだといわれています。

なぜ司馬懿はじっと裏方に回っていたのでしょうか。

それは、司馬懿の才があまりに鋭敏過ぎるために曹操に警戒されていたためです。

よって司馬懿は一時も油断はできず、常に万全の配慮を怠らなかったのです。

野心めいたものは決して表に出さず、私心を抑えて神妙に仕えること。

このことで司馬懿は曹操の警戒をかいくぐり、さらに不動の心の強さを身につけることになります。

司馬懿がある種、保守的にあらねばならなかったのはそのためです。

実際の司馬懿はもっと行動的で、革新的です。

現に晩年にはクーデターも起こしています。

 

関連記事:【軍師連盟】晩年の司馬懿には欠点はなかったの?

関連記事:【軍師連盟】司馬懿は曹操の仕官の誘いを何で断わったの?

 

司馬懿と徳川家康の相似

徳川家康 wiki

 

織田信長に睨まれながらも忠義と忍耐で勢力を伸ばした徳川家康と司馬懿は似ています。

なかなか自分を出さず、周囲に気を配りながらジリジリと力をつけ、

実績とともに信頼を得ていく姿もそっくりです。

このように慎重な人物が最終的に成功を収めるというのは今も昔もよくある話なのかもしれません。

総じて云えることは、大望を為すために我慢強いということです。

それが保守的に受け止められることもよくあります。

徳川家康もまた江戸を拓き、江戸幕府を開いて天下を統一した革新的な人物のひとりです。

チャンスがくるまでじっくり待ち、

動くべきときは果敢に迅速に動く姿勢は保守的とは少し違うのかもしれません。

 

関連記事:【諸葛亮 vs 織田信長】戦争費用捻出法!あれやこれやの財源探し

関連記事:曹操孟徳と織田信長の共通点!あなたはいくつ当てはまる?

 

司馬懿に見いだされた才能

鄧艾

 

そんな司馬懿が重用した人物に鄧艾(とうがい)がいます。

どもり癖がかなりひどく、屯田する民から身を興した男です。

身分は低いですが、農耕について天才的な才覚を持っていたとされています。

そしてその才はやがて戦場の陣取りや機微を読み取るところにまで及ぶようになるのです。

文官としてだけではなく将軍としても活躍していきます。

司馬懿はその才を早々と見抜き、自分の近くに置くのです。

魏を守り抜くためには名や血統ではなく、

実力や才覚が必要だということを司馬懿は認識していたのではないでしょうか。

期待通りに成長した鄧艾は蜀の姜維の侵攻を巧みに食い止めます。

そしてこの鄧艾が蜀を攻め落とすことになるのです。

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

ろひもと理穂

 

曹操亡き後、魏の権力を握っていた曹家や夏侯家こそが保守的であり、

それこそ鄧艾のようなどこの馬の骨ともわからぬような男を起用することはなかったでしょう。

革新的な司馬懿がいたからこそ鄧艾の出世は成立したのだと思います。

ですが鄧艾は最後の最後で慎重さを欠き、失脚してしまいます。

その点、最後まで油断することのなかった司馬懿はひとまわりもふたまわりも鄧艾とは器が違いますね。

さすがは諸葛亮孔明のライバルです。

よく考えてみると、諸葛亮孔明との戦いで守りを貫いた姿勢が後世のひとに

「司馬懿=保守的」というイメージを与えることになったのかもしれません。

保守的な人間をあの曹操がそこまで警戒するはずもありませんしね。

司馬懿は革新的な英雄なのではないでしょうか。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:三国志時代に降伏や降参するときはどうやってサインを出していたの?

関連記事:【素朴な疑問】三国志時代はどうやって兵士を集めていたの?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 鄧芝(とうし)ってどんな人?|敵国孫権に愛された蜀の名使者
  2. 【シミルボン】三国志と彗星達の不思議な関係
  3. 冊封(さくほう)とはどういう意味?分かりやすく解説
  4. 【はじめての孫子】第5回:戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる…
  5. ギャップに驚き!禰衡だけでは無かった!Mr.天然、曹植の裸踊り
  6. 三国志時代に降伏や降参するときはどうやってサインを出していたの?…
  7. 三国志時代の笑い話は腹がよじれるほどシュールだった!?
  8. キングダムの時代に開花した法家の思想

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 夏候夫人|張飛の妻は、夏候淵の姪だった?
  2. 藺相如(りんしょうじょ)とはどんな人?三大天の一人!趙の名宰相であり廉頗のかけがえのない親友(1/3)
  3. 【キングダム528話】趙峩龍(ちょう・がりゅう)って本当に強いの?
  4. 【匈奴にも名言は存在していた】冒頓単于の名言「地は国の本なり」
  5. まさにバーリトゥード!首絞め、刺殺、兜取り!何でもありだった。リアルな三国志の一騎打ちで馬超をフルボッコにした男がいた!
  6. 馬陵の戦い(ばりょうのたたかい)ってどんな戦い?孫臏を有名にさせた戦

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

赤壁の敗戦の原因は腸チフスだった?多くの魏将の生命を奪った伝染病とは? 白眼視の元になった竹林の七賢の阮籍、三国時代の故事成語 実在しません!でもめちゃ有名な貂蝉に隠された不滅の人気の秘密は? 【シミルボン】あちこちにスローガンが一杯?賑やかな三国志時代の壁 陸遜(りくそん)ってどんな人?100年に1人の呉の逸材 諸葛孔明と黄月英の間に生まれた子供達を一挙紹介! 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース36記事【4/2〜4/9】 就職戦線異状だらけ!かなり大変だった三国志時代の就職

おすすめ記事

  1. 三国志のダブー・劉禅は本当に劉備の子だったの?
  2. 三国志時代の軍備・軍事ってどんなのがあるの?
  3. 【官渡決戦間近】曹操軍の陣中で慎重論と積極論を進言をしていた代表者達
  4. もし龐統が落鳳坡で亡くならなければ蜀はどうなった?
  5. はじめての三国志 4コマ劇場 その1
  6. これであなたも角栄になれる!?大物になる6の心得
  7. 【列異伝】なんと!曹丕は中国初オカルト小説の作者だった?
  8. 杜襲(としゅう)とはどんな人?住民と団結して劉表軍と戦った県長

はじさん企画

李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP