三国志や曹操を分かりやすく紹介|はじめての三国志

menu

はじめての変

【シミルボン】これはヤバいよ!裏三国志 大流行したドラッグ五石散

この記事の所要時間: 345




シミルボン

 

※こちらの記事は「シミルボン」専用オリジナルコンテンツです。

 

劉備 曹操

 

麻薬や違法ドラッグの事件が後を断ちません。

芸能界では、それこそ数えきれない程にドラッグで逮捕される人が出ますし

水面下では、一般社会まで広がっていると言われています。

いかにも、現代の病のようなドラッグ汚染ですが、実は似たような薬は

三国志の時代にもあったりするのです。




三国志の違法ドラッグは元は漢方薬?

 

三国志の時代から流行しだした違法ドラッグは、

その名も五石散(ごせきさん)と言います。

 

五石散は、鍾乳(しょうにゅう)石、硫黄(いおう)、白石英(しろせきえい)、

紫石英(むらさきせきえい)、赤石脂(あかせきし)の5種類の石を

すり潰し酒に混ぜて飲んだもので、元は歴とした漢方薬です。

 

疫病 村

 

後漢の時代の医師、張仲景(ちょうちゅうけい)が傷寒(腸チフス)の

治療薬として開発したとも言われていて、不老不死や虚弱体質の改善に

効果があると考えられていました。

 

また、五石散を服用すると体温があがり、発汗するので、

食事は冷たいものを食べないといけないという決まりがあり、

そこから寒食散(かんしょくさん)と呼ばれたりもしたそうです。




漢方薬を違法ドラッグにした何晏

かあん04

 

しかし、世説新語が引く、寒食散論(かんしょくさんろん)と

いう本によると、このような記述が存在します。

 

※参考文献 世説新語著者: 井波 律子/劉 義慶 出版社: 平凡社

 

寒食散は漢の時代からあるが、それを知るものは少なく

やがて、知る者は絶えて、製法を知る人もいなくなった。

だが、魏の尚書、何晏(かあん)が使用して初めて神効をあらわし、

大いに世の中に広まり、お前、寒食散やってる?が挨拶になった

 

寒食散論という書物は、五石散は、漢の時代からあるが、

それを劇的に広めたのは、何晏だと指摘しているのです。

 

ただの漢方薬が劇的に広まるなんて不思議な記述ですので、

何晏は、本来の五石散の成分をいじり違法ドラッグに変えてしまった

という可能性があるのです。

 

元祖ビジュアル系にして老荘思想のパイオニア何晏

かあん01 曹操と

 

何晏(189?~249年)は字を平叔(へいしゅく)と言います。

彼は、漢の霊帝の外戚、大将軍何進(かしん)を祖父に持ちますが、

西暦189年、祖父、何進も父の何咸(かかん)も、宦官勢力によって

討たれてしまい滅び去ります。

 

何晏は難を逃れた母、尹(いん)氏の手で、宮中で育てられますが、

尹氏の美貌を見初めた、曹操(そうそう)により何晏も我が子同様に、

曹操の屋敷で養育されるようになります。

 

曹操は、才気煥発な何晏を気に入り、

少々の派手な振る舞いも大目に見ていました。

恐らく、父を知らない何晏には曹操は父のように思えたでしょう。

 

何晏は自信に充ち溢れた性格で、また極度のナルシストでした。

元々白かった顔を白粉でさらに白く塗り、女物の衣服をつけて歩き

常に自分の影が崩れないかまで気にしていたようです。

 

曹丕に睨まれて不遇の時代を経るも曹芳の時代に抜擢

撃剣を使う曹丕

 

しかし、曹一族でもないのに、曹一族のように振舞う何晏を

曹操の後継者、曹丕(そうひ)は憎み、自分が即位すると

重要な仕事には何晏を就けませんでした。

 

次の曹叡(そうえい)も、曹丕路線を受け継ぎ何晏は不遇のままです。

 

ですが、西暦239年、曹叡が死んで、曹芳(そうほう)が即位すると

幼少の息子を補佐させようと、曹叡は司馬懿(しばい)と

王族の曹爽(そうそう)の両名を呼んで後見にしました。

 

たまたま、何晏は曹爽と仲が良かった事から、

散騎常侍(さんきじょうじ)、尚書(しょうしょ)に抜擢される事になります。

ここから、何晏の運が開けてきました。

 

何晏は曹爽に吹きこんで司馬懿を遠ざけさせ、

朝廷の実権を曹爽一派で独占する事に成功します。

 

長い間、引きこもっている間に磨いた弁舌と老荘思想

かあん02

 

この曹爽一派が洛陽を支配していた西暦239年から249年は、

曹魏の歴史でも、もっとも退廃が進んだ時期になりました。

 

何晏は、清談(せいだん)という言論のレトリックが得意であり、

詭弁を使って、論敵を打ち負かしては拍手喝さいを浴びました。

 

また、老荘思想を研究した彼は哲学に凝り、朝から晩まで、

仲間と高踏な哲学論争を、酒と違法ドラッグである

五石散を片手に繰り広げていました。

 

それは、現実政治からの逃避であり、ただ、一日、一日を

虚無的に遊び暮らすという、規律が強い儒教思想から抜け出した

放逸を貪るようなものでした。

 

一方で、戦争が大変に多かった当時、明日よりも今日を楽しもうぜという

何晏の思想が、刹那的な洛陽の若い貴族の男女に受けたという事も

否定できない事実でした。

ドラッグの流行の背後には、必ずこのような社会不安があるようです。

 

五石散の副作用とは?

楊儀と魏延

 

何晏が成分をいじった五石散は、強い向精神作用を産みだしたようです。

つまり、気分が高揚して、万能感を味わえるハイの状態です。

一方で、副作用として、皮膚が炎症を起してただれたり、

激しい発汗作用を起し、それは、真冬でも褌一枚で

冷たい石に抱きつかないと暑くて眠れない程だったようです。

 

充分に熱を発散しないと生命に関わるケースもあったようで、

ここから、五石散をらす為にく、散歩という言葉が産まれた

というような説もあります。

 

このような事から、中毒者の間では、皮膚炎の刺激から体を守る為に、

広いダボダボな衣服を着る事が流行しました。

 

また、薬を服用すると体は痩せ、顔は色白になる事から、

五石散を服用出来る程裕福ではないのに、見栄を張り、

ダボッとした服を着て絶食し、街中をふらふらしながら

歩く人間までいたようです。

 

これ今でもありますね、目の下を黒く塗り麻薬中毒のような

ファッションにするという、アレです。

 

もちろん、何晏ばかりではなく、より強い刺激を求めて、

五石散の成分配合を変える人間もいたでしょう。

 

中には、ヒ素を配合し、激しい中毒症状で突然死する人間も出ました。

今でも時折ある、粗悪なドラッグを混ぜて中毒死するケースに似ています。

それでも、五石散が高価で特権階級のステータスである事から

ブームは中々去らなかったのです。

 

シミルボン

 

【シミルボン】これはヤバいよ!裏三国志 大流行したドラッグ五石散

の続きは、「シミルボン」内のページで読めます。

続きが気になる方は、「シミルボン」にアクセスしよう!




kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 始皇帝の息子、胡亥(こがい)ってどんな大馬鹿野郎だったの?
  2. 曹真が余計な事をするから邪馬台国の場所が特定出来なくなった?
  3. 今と変わらない?三国志の時代の勤務評価表を紹介
  4. 【九州三国志】『三國志』は中国だけじゃない!日本の三国志事情 P…
  5. え?そうだったの!?西遊記の目的はお経を取る事では無かった?
  6. 華麗なる中華世界を彩る武器~羽生結弦選手の武器
  7. 騰(とう)は実在したの?史記に全く記されてない謎の天才将軍
  8. 曹操の魅力とは?武将アンケート同立2位

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. どうして魏は最強なのに、天下を統一できなかったの?
  2. えぇぇ~!?あの孔明が劉備に対して怒りの仮病!?
  3. 初めてでも大丈夫!楽しい正史 三国志の読み方
  4. 【韓信の恩返し】受けた恩はしっかりと恩で返す器の大きい韓信
  5. マンガ『キングダム』に学ぶ、本心を隠し部下の本音を探れ
  6. 1話:中国最古の王朝 殷とはどんな国だったの?

三國志雑学

“劉備漫画"

ピックアップ記事

おすすめ記事

怪力無双の豪傑武将は三国志にも実在した!?現代科学が解き明かす超人の秘密! 【優劣対決】戦国武将小早川秀秋 VS 蜀の二代目皇帝劉禅一体どちらが優れていたのか。PART1 宝刀・七星剣(しちせいけん)?なにそれ?おいしいの?伝家の宝刀を分かりやすく解説! 三国志ファンの後漢(五感)をふるわさす三国志フェス2015に参戦しよう! 孟獲(もうかく)はインテリ男子?南蛮征伐は孔明と孟獲のヤラセだった件 赤兎馬(せきとば)が活躍できたのは武霊王のおかげ 鄒氏|その美貌ゆえに破滅した悲劇の女性 陸遜の死後、一族はどうなったの?呉の滅亡後、晋の散騎常侍に仕えた一族達

おすすめ記事

  1. 王翦(おうせん)とはどんな人?キングダムでは謎多き将軍だが史実では秦の天下統一に貢献した人物
  2. 孫権と同じ三代目で地味な北条氏康
  3. 曹操の妻はどんな人達だったの?13人を紹介 Part4
  4. 【袁術特集】孫家に吸収された袁術の子孫たちはどうなったの?
  5. 諸葛亮の出師の表って、一体何が書いてあるの?
  6. 黄巾賊より多い黒山賊100万を率いた張燕(ちょうえん)
  7. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース21記事【3/27〜4/3】
  8. 桓範(かんはん)とはどんな人?同郷の後輩曹爽の危機を救う為、逆転の策を献じた謀臣

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP