【春秋戦国時代の謎】どうして秦が天下統一することができたの?【法律編】

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どうして秦が天下統一することができたの(1P目)


墾草の令の内容とは?

キングダムと三国志

 

商鞅が考えた墾草の令とはどのような法律なのでしょうか。この法律の内容は

 

1:戸籍を設け、5戸と10戸(家の数)に分けて相互で監視を行い、報告する義務を設けます。もしこの義務を怠ったら5戸もしくは10戸の世帯全てが罪になるので気をつけてください。また報告したものは褒美を与えます。

 

2:1つの家庭に二人以上の男性がいる場合、その男性が新しい家庭を造らないときは税を倍に増やします。

 

3:私事で戦いを行った者を罰し、戦場で功績を挙げたらしっかりと褒美を与えるので励んでください。

 

4:女子は家庭内で紡績仕事に勤しみ、男性は農業に励んでください。しっかりと励んで成績を残した人には褒美を与えて報います。などの法律を掲げていきます。商鞅はただ法律を掲げただけでは施行されない可能性があるため、民衆から信頼を得るために城門にどでかい木を突き立てます。そして民衆へ「もしこの木を北にある城門に動かすことができたら金を50枚与えよう」と布令を出します。民衆はこの布令を聞いたときに誰も手を出しませんでしたが、民衆の中で力持ちの男が木を北門へ動かして役所に行くと彼は50枚もの金を手に入れることができました。この事を知った民衆達は秦の政府を信用することになり、商鞅が打ち出した新しい法律に対してもしっかりと守って行くことになります。


新法を打ち出すが・・・・

 

商鞅は新法を打ち出しましたが、布令を出した当初は商鞅が思っているよりも効果が上がりませんでした。民衆からの信頼を勝ち得ることに成功はしましたが、重臣や貴族達は彼の新法を疑問に思っておりました。そんな中孝公の太子の後見役が商鞅が打ち出した新法を破ってしまいます。


太子の後見役を法に照らし合わせて処断すると・・・

 

彼は早速太子の後見役で法律を破った者を法律に照らし合わせて処断。太子は彼が殺害した後見役とは仲が良かったため、商鞅を大いに恨みます。しかし太子の後見役を殺害したことによって民衆は、しっかりと彼が打ち出した法律が機能しているのだということに気づき、この法律を遵守していくことになります。そして商鞅が新しい法律を秦国内に適用してから10年ほどが経過すると秦の国力は、農業面においても以前と見違える程増強し、紡績面や軍事面においても農業と同様に一気に国力を付けることに成功。こうして商鞅が行った新法は大成功に終わります。しかし彼はこれが第一次の変法であり、この法律改変が成功したことによって第二回目の変法を考えておりました。


国力増強によって魏の都市を奪う

 

秦は商鞅の活躍によって国力は一気に増加することになります。そして増加した国力と軍事面においてどれだけ成果を出すことが出来るのかを実験するため、ある国に攻撃を仕掛けます。その国は魏です。魏は当時斉に戦で敗れていたことから国力が減少しておりました。しかし以前の魏であれば秦の国が逆立ちしても勝てないような強国でありましたが、商鞅は孝公へ「秦の法が変わって戦力がどれだけ強くなったのかを見るため、魏へ攻撃を仕掛けてみましょう。」と進言。

 

孝公はこの進言を受け入れて魏へ攻撃を行うと、秦の軍勢は魏の城をいくつも落とすことに成功します。孝公は魏の城をいくつも落とすことに成功したことを大いに喜び、商鞅へ「これからもよろしく頼む」と述べた後、彼の官職を上げます。こうして商鞅は自らが考えた政策である秦の法改変が成功したことによって、秦国内で彼の地位は上昇。彼は秦国内の重臣としての地位を確立することになります。


秦が天下統一をすることができた理由その2:第二次秦の法改変

始皇帝と星空

 

さて第一次秦の法改変である「墾草の令」によって秦の農業生産力・紡績・軍事力などが一気に伸びたことがきっかけで秦の国力は上昇。この法改変の結果、隣国である魏の国の領土を削り取ることに成功し、秦の国威が上がっていくことになります。しかし秦が天下統一への道が始まったのはまだ序盤でしかなく商鞅が第二次法の改変を行った事で秦は天下統一への道が近づいて行くことになります。さて秦の法律改変のプロである商鞅はどのように法を改変していったのでしょうか。

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