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李孚(りふ)とはどんな人?度胸と勇気は三国志一の魏のマイナー文官

魏の文官・李孚(りふ)




みんなで魏志倭人伝(夏侯惇、典偉、夏侯淵、許長、張遼、曹操)

 

魏の夏侯惇(かこうとん)張遼(ちょうりょう)徐晃(じょこう)ら将軍達は戦場に立って、

華々しい武功を挙げると同時に戦場や青年期に勇気や度胸溢れるエピソードに事欠きません。

今回紹介する人は将軍でもなければ力持ちでもなく武勇に秀でているわけでもありません。

しかし包囲されている味方の城へ戻るために包囲されている敵中を突破。

その後城外にいる援軍に知らせるために再び敵中を突破した度胸と勇気は

三国志一と言っても過言ではない李孚(りふ)をご紹介したいと思います。

 

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妥協を許さない頑固者

魏の文官・李孚(りふ)

 

李孚は河北にある鉅鹿(きょろく)といわれる町の出身です。

曹操が父を殺された恨みを晴らすために徐州の陶謙(とうけん)に猛攻をかけていた時、

李孚が住んでいた鉅鹿の町は作物が育たなかったため人々の食料が減少し飢えておりました。

李孚はニラを畑に植えて育てており、村の人々に

「食べごろの時期になるまでこのニラは食べない」と言いふらしておりました。

しかし町に食べ物がなくなり人々が大いに飢え始め、

知り合いから「家に食料がないからニラを分けて欲しい」と懇願されます。

だが彼は「いや食べ頃になるまでこのニラを食べるつもりは全くない」ときっぱりと断ります。

そして自らの家にも食料がなくなり始めますが、

彼は一切ニラ畑で栽培されているニラに手をつけず、食べごろの季節がやってきた時に食べ始めます。

このように一度自らの口から発した言葉は意地でも貫き通す妥協を許さない頑固者でした。




袁尚に仕える

袁紹、袁尚、袁譚

 

李孚はその後袁紹の息子である袁尚(えんしょう)の元へ出仕。

主簿の官職をもらって仕事に励んでおりましたが、

曹操袁尚の父親である袁紹が天下の覇権をかけて戦いを開始します。

三男である袁尚も父に従って曹操との戦に参戦することになりますが、

李孚はともに参戦することなく鄴(ぎょう)で留守番しておりました。

彼は袁紹軍の大勝利で終わるに違いないと思っておりましたが、

曹操軍の圧倒的な大勝利で戦いは集結することになります。

また袁家の当主であった袁紹は曹操に負けてしまったことで自信を無くしてしまい、

病にかかってなくなってしまいます。

 

お家騒動勃発

袁紹の妃06 袁尚、袁譚

 

袁紹は亡くなる前に三人の息子達の誰に袁家の跡を継がせるかを明言しなかったことが原因で、

袁家は長男である袁譚(えんたん)と三男・袁尚が争うことになります。

李孚は袁尚の文官であったため、彼は必然的に袁尚と共に戦いに参加すること。

袁尚と袁譚の戦いは袁尚の優勢で推移することになっていきます。

袁譚はこのままでは袁尚に敗北してしまうことを恐れて、

父を殺害した曹操に救援依頼を要請します。

曹操は袁譚の救援要請を受け入れて、袁尚の本拠地である鄴城を大軍で包囲します。

 

鄴城へ救援の知らせを伝える使者として赴く

 

袁尚は曹操軍が鄴城を包囲したことを知ると急いで鄴城へ戻るため、

袁譚との争いをひとまず中断。

彼は軍勢を率いて鄴城近辺に到着しますが、

曹操軍の包囲は重厚で城内に援軍が来たことを知らせる事が難しい状態でした。

袁尚はその為どうやって鄴城へ援軍が来たことを伝えてればいいのか途方にくれてしまいます。

この時李孚が「殿。役目の重さが分からない者がこの使者として言っても途中で捕まってしまい

洗いざらい喋ってしまうでしょう。そこで私が敵中を横断して鄴城へ入り込んで、

援軍が来たことを知らせに行きたいと思います。」と提案します。

すると袁尚は「できるか。」と心配そうな表情で李孚に尋ねると「大丈夫です。任せてください」と

自信に満ちた表情で述べた後、従者として3騎を選んで袁尚の陣営を後にします。

 

度胸に満ち溢れた敵中突破

炎 s

 

李孚(りふ)はお供を3騎だけ連れて、鄴城の城外に到着します。

彼らは鄴城が包囲されている北側から侵入し、将軍になりすまして敵陣の中に入っていきます。

李孚は包囲陣へ侵入する前に巡察する役人が持っている杖をお供に持たせており、

その杖を騎馬に乗って数メートル進むごとにだらけている将兵達に対して

「何処其処が悪い。○○の刑に処す」と適切に罰を与えながら鄴城へ向かって、

ゆっくりと進んでいきます。

こうして鄴城城門前に到着した李孚一行は、

鄴城の城門を包囲している兵士を捕まえて鄴城の城門を守っている兵士に向かって大声で

「袁尚殿の使者として参った李孚だ。城門を開けてくれい」と叫びます。

すると城門を守っていた将軍が彼の顔を認めた後、城内に入ることに成功します。

 

李孚の度胸に笑うしかない曹操

笑う曹操

 

曹操は城門を守備していた守備兵から李孚が城門に侵入したことを聞いて大いに笑い始めます。

そして報告をしてきた守備兵に「鄴の城へ入ったやつの手際は大いに褒め称えるべきである。

しかしこやつもう一度鄴城から出てくると思う。」と伝えます。

この曹操の予想通り李孚は鄴城から出て袁尚の下へ帰る作戦を考えておりました。

 

袁尚の下へ帰る策を考える

 

李孚は鄴城の守備を任されている審配(しんぱい)へ「袁尚様が鄴城近辺に駐屯している。

そこで『袁尚様は合図の狼煙を出したら城門を打って出て、

曹操軍を挟撃すれば間違えなく勝てるであろう』と言っておりました。」と袁尚の策を伝えます。

審配はこの作戦を伝えられて大いに喜びます。

李孚は袁尚の言葉を審配に伝えた翌日、袁尚の下へ任務が完了したことを伝えに帰ろうと

城門の下を覗いてみると鄴城の城門はびっちりと警戒されており、以前のようなやり方では

城門の外へ出ることができない状態になっておりました。

そこで彼は城を出て袁尚の下へ帰る策を考えます。

 

住民と共に城門の外へ出る

 

李孚は一生懸命外に出る作戦を考えて、城門を見ていた所一つの作戦を思いつきます。

彼は早速鄴城を守っている審配へ「審配殿。城に住民をこのまま居させれば、

彼らにも飯を食べさせなくてはいけないため、食料が少なくなっていきます。

そこで、彼らを曹操に降伏させることで城に篭る食料の減少を抑えるのはどうでしょうか。」と

提案します。

審配は彼の提案を受け入れて、夜間住民の代表者達に松明を幾本かもたせた後、

鄴の城門を開けて住民を外へ解き放ちます。

この時李孚も従者を連れて城門の外へ一緒に出ます。

 

作戦は大成功

 

李孚が考えたこの作戦は大成功に終わります。

曹操軍の兵士達は夜間であり、松明を持っている多くの住民達に目を惹きつけられて、

李孚達に気づくことはありませんでした。

彼ら曹操軍の兵士達の目を盗んで李孚達は、

住民達からの列を離れて袁尚が駐屯している鄴近辺へ向かって一目散に馬を走らせていきます。

 

敵中を突破して知らせたが・・・・

 

李孚はその後袁尚の下へ帰り、審配が袁尚軍の攻撃に合わせて城門を打って出て、

曹操軍を挟撃するとの言伝を伝えます。

しかしこの作戦は曹操が予想していたことの一つであったため、

城門を打って出てきた審配軍を城門へ押し戻し、袁尚軍は曹操の軍勢の猛攻を受けてしまい敗北してしまいます。

李孚は袁尚軍が壊滅的な敗北後、袁尚の行方を捜しましたが見当たらなかったため、

袁譚がいる平原へ向かって降伏。

 

曹操に降伏して混乱する平原の住民を抑える

現実主義曹操

 

袁尚を駆逐することに成功した袁譚はその後曹操との同盟が決裂したため争うことになります。

しかし袁譚は曹操軍に敗北してしまったため、平原城を捨てて南皮(なんぴ)へ逃亡。

平原城を陥落させることに成功した曹操ですが、

平原の住民達は曹操軍が城内に入ってくると大いに騒ぎ始めます。

そこで李孚は曹操軍へ降伏して、平原の住民達の混乱を抑える仕事を行い、

混乱をきたしていた平原の住民達を見事抑えることに成功します。

彼の手際の良さを知った曹操は役職を与えて彼を優遇し、

司隷校尉(しれいこうい)にまで抜擢されることになります。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

黒田廉さん02a

 

三国志には色々な文官が出現して活躍することになるのですが、

彼ほど豪胆な文官はいないのではないのでしょうか。

まさに三国志一の勇気と度胸を持った文官と言っても過言ではありません。

これほどの人材をしっかりとした役職に就けて扱うことができなかった袁尚には

人材面から見ても曹操に勝つのはかなり難しかったのではないのでしょうか。

「今回の三国志のお話はこれでおしまいにゃ

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう!

それじゃあまたにゃ~」

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:三国志時代に降伏や降参するときはどうやってサインを出していたの?

関連記事:【素朴な疑問】三国志時代はどうやって兵士を集めていたの?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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