朝まで三国志軍師
まだ漢王朝で消耗してるの?




はじめての三国志

menu

はじめての変

劉備が諸葛孔明に託した遺言には裏切りを防ぐための作戦だった?

この記事の所要時間: 246




 

劉備と孔明の間柄は水魚の交わりと言える程の親密な間柄であったとされております。

しかし彼らの間は果たして本当に水魚の交わりのような間柄であったのでしょうか。

孔明は劉備に仕えたときはまだ青年と言っていいほどの年齢でしたが、

長く荊州にいて荊州の名士と呼ばれる司馬徽(しばき)や

龐統(ほうとう)の一族で龐徳公(ほうとうくこう)らの名士らと面識があり、

非常に優秀な人物でした。

 

 

蜀の丞相となった時に彼の優秀さが際立つことになりますが、

これほど優秀な人物を劉備は警戒することなく無条件で受け入れることができたのでしょうか。

ヘタをすれば孔明に蜀を乗っ取られる可能性もあったはずです。

そんな彼を果たして劉備は義兄弟であった関羽や張飛達と同じように信頼していたのでしょうか。

今回は劉備の遺言にスポットを当てて孔明をどの程度信頼していたのか

探ってみたいと思います。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:狼中年劉備、もっともらしい事を言って孫権を欺く




劉備の孔明信頼度はどのくらいなのか

 

劉備は孔明や趙雲(ちょううん)らの反対を押し切って、孫呉を討伐するべく出陣。

当初は快進撃を続けて呉軍に連戦連勝していた蜀軍ですが、

夷陵(いりょう)で陸遜の反撃に遭って大敗北して撤退することになります。

劉備はその後白帝城(はくていじょう)へ逃げ帰りますが、

この地で病にかかってしまいそのまま亡くなってしまいます。

 

 

彼は死ぬ間際太子であった息子の劉禅(りゅうぜん)と丞相であった孔明を呼んで遺言を彼らに

託します。

劉禅には「勉学に励んで、孔明を父として敬い仕えよ。」と述べております。

孔明には「君は魏の曹丕よりも才能に溢れており、

もし劉禅が国主としてふさわしくないと思ったなら君が国を乗っ取ってしまえ。

だが劉禅が補佐するに足る人物であるならば、彼を補佐してくれないか」と遺言を託します。

これは三国志を少し知っている方なら誰でも知っているエピソードで、

劉備が孔明を100%信頼していなければ、まず言うことができない言葉ではないのでしょうか。

この点では劉備は100%孔明を信頼していると言ってもいいでしょう。




実は孔明を100%信頼してなかった劉備

 

劉備はこの遺言を残した後に亡くなってしまうのですが、

果たして全幅の信頼を寄せていたのでしょうか。

疑うことをしないで劉備の遺言を受けて取れば間違えなく、

孔明を信頼していたからこそあのような遺言を託すことができたと考えられます。

しかし孔明に絶対の信頼を置いてないからこそ

あのような遺言を託すことができたとは考えられないでしょうか。

劉備が打ち立てた蜀は色々な人材達が混ざっている国家で、

新しく吸収した益州の人材達も数多く劉備が打ち立てた国家に参加しております。

そしてまだ益州を奪ってから日が浅い劉備の軍閥は、

益州の人材達を劉備陣営になじませる必要があり、

遺言を託す場に益州の人臣の代表として李厳(りげん)を呼んでいました。

彼や劉禅がいる場で、劉備は孔明に対してあの遺言を言ったと思われます。

理由としてあの遺言を言った劉備の死後に孔明が破棄しても誰も何も文句を付けることが

できないから、証人として彼らがその場にいた可能性が非常に高いと考えられます。

これらを考えて劉備の遺言を託すと孔明に「蜀の国を乗っ取ることは許さない」と

意思表示を孔明に対して示していることにならないでしょうか。

 

三国志ライター黒田レンのひとりごと

 

劉備は孔明の優秀さがとても頼りになる反面、彼の優秀さが非常に不安になってしまったことが、

あの孔明に対して述べた遺言に現れているのではないかとレンは考えます。

魏でも明帝・曹叡(そうえい)が亡くなる間際、

一族の曹爽(そうそう)や大将軍であった司馬懿、

次期皇帝である曹芳(そうほう)を呼んで

「協力して彼を支えてくれ」と頼み、幼い皇帝であった曹芳に司馬懿に抱きつくように命令しており、

曹叡も司馬懿が優秀すぎて頼りになる反面、彼が優秀すぎて魏にとって危険な存在として

なるのではないかという不安があったために、司馬懿に魏を乗っ取られないようにするために

曹爽がいる場所で、曹芳に上記のような行動を命令したのではないのでしょうか。

(しかし曹叡の場合は失敗してしまい、司馬懿に魏の実権を乗っ取られてしまいます。)

こうして考えると孔明だけではなく、優秀な人材は優秀すぎるがゆえに疑われてしまうのが

歴史においての必然になってしまうのでしょうか。

皆さんはどのように思いますか。

 

参考文献 朝倉書店 十八史略で読む三国志 渡邉義浩著など

 

■記事の内容に関するお問い合わせ(誤植等のご報告など)はこちら

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:実は大激戦だった!劉備の蜀獲りを地図で見ると意外なこともわかる!

関連記事:もし郭嘉が劉備軍の軍師だったらどうなる?呂布や袁術も討伐できた!?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 集まれ曹操の25人の息子たち・その3
  2. 劉備の蜀攻略戦で活躍したのは武将ばかりではなく、みんな知っている…
  3. 【宮城谷昌光】これを読まずに三国志好きは名乗れない!三国志小説ラ…
  4. 【ドラゴンブレイド番外】古代ローマ版曹操?カエサルの生涯が凄すぎ…
  5. 【シミルボン】自分を褒めまくり、曹丕の自叙伝が意識高い系でウザい…
  6. 【時代の先導者】父に嫌われていた孟嘗君・田文は○○がきっかけで父…
  7. たった26年の生涯を駆け抜けた小覇王・孫策
  8. 郭修(かくしゅう)とはどんな人?費禕を暗殺したあんまり有名ではな…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【はじめての孫子】第2回:どうして『孫子』はビジネスマン必携の書と言われるの?
  2. 九州制覇へ向けて驀進するぜ!島津家棟梁・島津義久の九州制覇戦
  3. 趙直(ちょうちょく)とはどんな人?夢占いで人の運命を占った蜀の天才占い師
  4. 【はじさん記念】無事1周年を迎えることができました。。
  5. 陳宮(ちんきゅう)ってどんな人?溢れんばかりの才能を備えた知略家「曹操編」
  6. 禁断の比較!蜀の五虎大将の忠義・実行力・容姿を比較してみた

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

曹操の同化推進政策がマイノリティ人口問題を引き起こした!? 【匈奴にも名言は存在していた】冒頓単于の名言「地は国の本なり」 【三国天武 攻略その2】周瑜や姜維など三国天武の強いイケメン武将と新武将として登場した南蛮王の奥さんを紹介 【三國志曹操伝 ONLINE 攻略最終回】三国志演義・曹操伝の第二章攻略ポイント 【三国志の柔らか経済学】劉備の大チョンボを救った劉巴の神策略 赤壁の戦い後の江陵攻防戦(曹仁VS周瑜) 話題の水素水問題は三国志時代にもあった?健康になる水信仰 顧雍(こよう)とはどんな人?孫権から絶大な信頼を得ていた呉の二代目丞相へ抜擢された政治家

おすすめ記事

  1. 98話:曹操、張魯を降すべく漢中に進軍する
  2. 24話:呉・三国志 孫堅のあっけない最期
  3. 官渡の戦いでも使われ東西を問わず世界中で取られた戦法「坑道戦」って何?
  4. どうして陳宮は呂布に従えたの?呂布を見捨てなかった天才軍師の生涯
  5. 張悌(ちょうてい)とはどんな人?呉の滅亡に殉じ、壮烈な死を果たす最後の宰相
  6. 大久保利通の名言・格言の意味、座右の銘を紹介
  7. 隗より始めよとはいったい何?最強の自薦方法だけど就職活動には使えない?
  8. 陳登(ちんとう)とはどんな人?劉備や曹操に認められた大才の持ち主

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP