キングダム
本能寺の変特集




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

楊彪(ようひょう)は袁術の義弟なのになぜ董卓に殺されなかったのか?




 

ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志四世太尉」のコーナーです。

 

 

三国志を読んでいると、「なぜだろう?」という疑問はいろいろと生まれてきますよね。

その一つに楊彪(ようひょう)がなぜ殺されなかったのか。があります。

楊彪・・・誰だっけ?何か聞いてことがあるような気がする。

という皆さまはなかなかの三国志通ですね。

ああ、あの楊脩楊修)の父親ね、って即答できるひとは三国志マニアです。

楊彪は西暦142年生まれです。曹操孫堅が西暦155年の生まれですから、13歳も年上になります。

亡くなったのは西暦225年のこと。

 

 

孫堅曹操はおろか劉備もすでにこの世を去っています。

84歳までこの三国志の時代を生き抜いた長命な方です。

今回は楊彪について語っていきましょう。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:呂布VS袁術、東西嘘合戦、勝利するのはどっちだ!




四世太尉の楊家

 

簡単に「四世太尉」と言っても実現しようと思ったらとても大変なことです。

四代に渡って三公の位に就くということになります。

日本で考えたら曾祖父がもと内閣総理大臣で、

祖父ももと内閣総理大臣で、父ももと内閣総理大臣で、僕も内閣総理大臣です。

っていうのに匹敵します。

まさに名門中の名門と言えるでしょう。エリート中のエリートです。

楊彪の場合は、曾祖父の楊震、祖父の楊秉、父の楊賜と三公の位に就いています。

楊彪もやはり優秀で、西暦189年に司空、同年に司徒、西暦194年に太尉と三公すべてに就任しました。

この四代をして「四世太尉」とか「四世三公」と称されます。

ちなみに楊彪を司空に任命したのはあの「董卓」です。




四世三公の袁家

 

同格の名門に汝南の袁家があります。

こちらも四代に渡り三公の位に就いた名門です。

ちなみに先ほど紹介した楊彪の父・楊賜と袁術の父・袁逢は共に霊帝の頃の三国老でした

(時期はずれているようですが)最も影響力のあった政治家だったわけです。

ここで両家の政略結婚が行われます。楊賜の子・楊彪と袁逢の娘の婚姻です。

袁逢の娘ということは袁術の妹です。こうして楊彪と袁術は義理の兄弟となるのです。

 

袁家虐殺

 

その後、朝廷を董卓が私物化します。反抗したのは袁紹や袁術でした。

国に戻って兵を挙げます。怒った董卓は都にいる袁家を虐殺するのです。

そこには三公になっている袁隗(袁逢の弟)や袁逢の長子で家督を継いでいた袁基などがいました。

袁家は三族皆殺しになっています。二十名以上の袁家一門が処刑されて都から袁家の姿は消えました。

その後、宙に浮いた袁家の家督を巡って袁紹と袁術が争うことになります。

袁家が虐殺されていくなかで、袁術の義弟の楊彪はどんな処分を受けたのでしょうか。

 

 

答えは意外なのですが、先ほどお伝えした通りに三公に任ぜられているのです。

両家の扱いはもの凄い開きがありますね。一方は処刑、一方は昇進です。

なぜでしょうか。

 

関連記事:暴漢・董卓は後漢王朝を安定させようと努力していた!

関連記事:中原での戦いは苦手だけど異民族討伐戦なら強い董卓

 

名士を完全に無視できなかった董卓

 

あの暴虐の王・董卓ですら名士の扱いには慎重だったのです。

天下を統べるためには彼らの強い後押しが必要だと考えたのだと思います。

董卓は暴力だけでなく、清流派の官僚をコントールすることで朝廷を我が物としたのです。

そこで利用価値の高かった楊彪は生かされたのでしょう。

長安への強硬遷都のときも楊彪は徹底的に反対していますが、

罷免されただけで命まではとられていません。

あの董卓に逆らってもまだ健在な官僚がいたとは驚きですね。

それだけ楊彪は名士たちのリーダー的存在だったということでしょう。

これは董卓が革命で死んだ後も続きます。

長安の都を押さえた董卓の残党・李傕は楊彪を太尉に任命するのです。

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

長命な楊彪はその後、曹操の世になっても生き続けます。

漢が滅び、魏の曹丕の時代になっても曹丕は楊彪を三公に任命しようとしています。

まさに名士たちの代表、それが楊彪だったのですね。

しかしなぜ「五世太尉」は実現しなかったのでしょうか。

それは次回にお伝えしたいと思います。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:董卓が築城した要塞が絶対防御すぎてヤバイ!郿城(びじょう)とは何?

関連記事:極悪人の董卓の参謀・李儒は董卓以上の悪人だったの?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 孫子の兵法 曹操 【はじめての孫子】第1回 そもそも孫子って、何?
  2. はじめての三国志 画像準備中 荀灌(じゅんかん)とはどんな人?父の危機を十三歳の少女が救った荀…
  3. 黄巾賊より多い黒山賊100万を率いた張燕(ちょうえん)
  4. 【軍師連盟】司馬懿が起こしたクーデターは博打だったの?
  5. 天に頭はあるの?プライド賭けたトンチ合戦の勝敗は
  6. 暴れまわる異民族に困る梁習 揚州の問題児?山越族とはどんな民族だったのか
  7. 官渡の戦いでも使われ東西を問わず世界中で取られた戦法「坑道戦」っ…
  8. 龐統 蜀建国の功労者龐統の最期が悲しすぎる

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. カムヤマト(日本神話)
  2. 司馬懿と曹爽
  3. 茶を飲む張角(太平道)
  4. 孔明の罠
  5. 前方後円墳(古墳)
  6. 孫権 弔い出陣

おすすめ記事

  1. 13話:霊帝の後継者争い、劉協と劉弁、二人の皇子を巡り蹇碵と何進は争う
  2. 井上馨の汚職事件から考える日本の政治とカネ! まだ漢王朝で消耗しているの? お金と札
  3. 西郷糸子はどんな人?西郷どんの3番目の妻は冗談好きのしっかり者 幕末 西郷糸子
  4. 6/14 はじめての三国志 Ustream番組「はじさんチャンネル」生配信決定
  5. 魏続(ぎぞく)と宋憲(そうけん)はどんな人?呂布を裏切った八健将 張飛にボコボコにされる魏続(ぎぞく)と宋憲(そうけん)
  6. 【明智光秀と妻木煕子】光秀を瀕死から救った看病物語 明智光秀と煕子(麒麟がくる)

三國志雑学

  1. 孔子
  2. 貂蝉と呂布
  3. ロバ顔の諸葛瑾
“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. そろばんを叩く関羽
  2. 泣いて馬謖を斬る諸葛亮
  3. 赤壁の戦い 曹操
  4. 玉磁と孫堅
  5. 魏を破る朱然

おすすめ記事

【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第十八話 「あるいは裏切りという名の鶴」の見どころ紹介 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース17記事【5/22〜5/29】 韓非子を読む劉禅 諸葛亮が劉禅の教科書に選んだ『韓非子』とは? 名推理!三国志時代にも名裁判官が存在した!? 酔いつぶれる劉備玄徳 【三国志演義】無能な劉備は知識人の理想の君主? 献帝(けんてい)とはどんな人?後漢のラストエンペラーの成人期 厳畯は魯粛の後任だった!知られざる実話 孔子と儒教 諸子百家って何?春秋戦国時代に花開いた思想の数々をご紹介

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集
“邪馬台国"

“三国志人物事典"

PAGE TOP