よかミカンの三国志入門
夷陵の戦い




はじめての三国志

menu

はじめての変

北方の雄・公孫瓚が滅びた原因は○○だ!

この記事の所要時間: 222




 

劉備の学友であった公孫瓚(こうそんさん)

彼は幽州(ゆうしゅう=中国の北方)を支配しており、袁紹軍との戦いを激しく行っておりました。

彼の配下には趙雲(ちょううん)などの勇将や

白馬義従(はくばぎじゅう)と言われる強力な騎馬隊を有しており、

一時は袁紹軍を凌ぐほどの力を持っておりました。

しかし公孫瓚袁紹軍に滅ぼされてしまいます。

彼はなぜ滅亡することになったのでしょうか。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:韓馥(かんふく)とはどんな人?三国志一被害妄想が激しく袁紹に怯え自殺してしまった武将




公孫瓚が滅亡した理由その1:皇族・劉虞を殺害して人心が離れていった為

 

公孫瓚が滅亡した理由その1として皇族の中でも一番人望を得ていた劉虞(りゅうぐ)を殺害した

ことにより人心が離れていったことに原因があるのではないのでしょうか。

劉虞は幽州の刺史として黄巾の乱で荒廃していた土地を持っている民衆達に

恩恵を与えて統治してことで多くの民衆や名士達から人望を得ておりました。

彼は公孫瓚が後漢王朝に対して反乱を起こす可能性があることを危惧して、

異民族たちの協力を受けて数十万の軍勢を持って公孫賛討伐に出陣。

劉虞は公孫賛を討伐しようと考えておりましたが配下から

「圧力をかければ彼は降伏することでしょう」と進言を受けたことがきっかけで、

軍勢を持って戦闘することをやめて圧力をかけるだけにします。

公孫賛は劉虞が自らを討伐するのではなく圧力をかけるために出陣したことを知ると

精鋭騎馬隊である「白馬義従」数百騎を率いて劉虞軍を奇襲。

圧力をかけるだけで戦闘は行われないと信じていた劉虞軍は、

公孫賛率いる軍勢の奇襲を受けて敗退してしまいます。

公孫賛は劉虞軍を打ち払うことに成功し執拗に追撃をかけて劉虞を捕えます。

そして彼は「劉虞に皇帝になる意思があった」とでっち上げの罪を作り上げて、

殺害してしまいます。

その結果彼は幽州全土を領有することに成功しますが、

劉虞を慕っていた名士や民衆達は公孫賛の行いに反発し、

劉虞の元配下達が集まって異民族と協力して公孫賛に反撃をすることになります。

公孫瓚は劉虞の元配下と袁紹軍の協力体制に苦戦することになり、

易京城に追い詰められることになるのです。




公孫瓚が滅亡した理由その2:名士達を活用しなかった

 

公孫瓚は名士を積極的に登用して要職につけることをしませんでした。

その理由として彼は「俺が名士達に高い位を与えても奴らは、

自らの力で高い地位に就くことができたと考えて、

俺に忠誠を尽くさないからである」と述べております。

そのため彼は名士を優遇しないでなるべく低い地位に就けておりました。

その結果公孫瓚は君主の権力増大を図り軍事力を強大にする事で、

袁紹軍と激戦を繰り広げていくことになるのですが、

一旦敗北してしまい軍事力が低下すると名士を活用して、

領地に安定した政権をしていなかった事が原因で領地の不満が爆発。

袁紹軍の調略に呼応して大反撃を受けることになってしまいます。

そして自らが作り出した鉄壁の要塞である易京城に篭城することになるのですが、

外部からの救援を得ることができないまま滅亡してしまうことになります。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

公孫瓚や呂布など軍事力に依存して、名士を軽んじてきた群雄は滅亡してしまいます。

しかし名士を重用してきた群雄である袁紹や袁術(えんじゅつ)らもやはり滅亡してしまいます。

彼らは君主として器に問題があったと考えられますが、

方針としては必ずしも正しいやり方とは言えないのではないのでしょうか。

名士を重用しすぎると君主権力が強くならずにいざって時に、

君主の命令が通りにくくなってしまいます。

そのため孫権曹操は名士の処遇の仕方をどのようにするのが、

一番いいのかという事に考えを巡らしていくことになるのですが、

名士勢力を打破することはできませんでした。

 

参考文献 SB新書 三国志「その後」の真実 渡邉義浩・仙石知子著など

 

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:劉備と趙雲が出会う事になったきっかけを作ったのは袁紹のおかげ?

関連記事:【華麗なる名門一族】袁紹のおじいちゃん達ってどのくらいすごい人だったの?

 

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 【日本史の嘘】長篠の合戦は鉄砲三段撃ちのワンサイドゲームでは無か…
  2. 張翼(ちょうよく)ってどんな人?歴代丞相と共に北伐へ参加した蜀の…
  3. これであなたも角栄になれる!?大物になる6の心得
  4. 【春秋戦国時代の謎】どうして秦が天下統一することができたの?【法…
  5. 織田信長の息子達の名前がファンキーでかなりやばい!!
  6. 関羽に憧れていた新選組局長の近藤勇
  7. 項羽(こうう)ってどんな人?史上最強の孤独な戦術家 Part.2…
  8. 徳川慶喜は「家康の再来」と言われる程すごい人だったの!?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. え?武田勝頼って武田家二代目代理なの!?
  2. 曹操は周瑜も魏軍に取り込もうとしていた!孫呉の大都督・周瑜も欲しがった人材マニア
  3. 【諸葛亮のノアの方舟計画】長坂での別行動は劉備軍温存?
  4. 【能力高すぎワロタ】仕事のできる蜀の三代目トップ費禕(ひい)エピソードも紹介!
  5. 【三國志女性列伝】「私、失敗しないので」三国志時代にも存在したドクターX 辛憲英(しんけんえい)
  6. 曹操の後継者問題で判断に迷ったのは儒教と文学に原因があった?

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" “広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

たかぎ七彦困惑?アンゴルモア元寇合戦記をガチネタバレ予想! 曹操の塩対応に張松ブチ切れ!曹操が冷たく扱ったのは傲慢ではなく驚くべき理由が隠されていた! 袁術はそんなに悪くない、自叙伝で袁術を庇っていた曹操 キングダムのレジェンド、楽毅(がくき)は何をした人? 英雄たちの武器~青龍偃月刀と蛇矛を徹底分析 キングダムの王翦は史実通りの最強武将だった!その理由とは? 関羽と法正、正反対のイメージの二人の意外な共通点 天才軍師・諸葛亮孔明抜きの劉備はどこまで健闘できるの?

おすすめ記事

  1. キングダムの王翦は史実通りの最強武将だった!その理由とは?
  2. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース11記事【11/13〜11/19】
  3. はじさんが孫権を丸裸に!素顔は?身長は?孫権を徹底追及!
  4. 身内以外の意見は聞かない暴れ者・項羽が少年の意見だけは聞いた?
  5. 郭嘉と法正って似ている所あったの?
  6. 天皇とは何?そもそも何で偉いの?
  7. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第24話「さよならだけが人生か」の見どころ紹介
  8. 荀彧は後漢グルーブor曹魏グルーブどっちなの?

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“西遊記"
PAGE TOP