朝まで三国志軍師
北伐




はじめての三国志

menu

はじめての変

鍾会の蜀討伐案と羊祜の呉討伐案の違いってなに?

この記事の所要時間: 243




 

ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志恐ろしき政争劇」のコーナーです。

 

 

司馬氏による魏からの皇位簒奪は、

司馬懿(しばい)から長子・司馬師(しばし)、次子・司馬昭(しばしょう)、

さらにその子の司馬炎(しばえん)と受け継がれていき成就します。

当然のように政敵も多く、悲願を達成するためには多くの協力が必要です。

その力をまとめることで司馬氏は力をつけていったのです。

するとその協力者たちも権力を得ることになります。

そこでまた陰惨な政争が引き起こされるのです。

今回はそんな三国志晩年の政争劇について触れていきましょう。

 

関連記事:銅雀台(どうじゃくだい)ってなに?どんな建物で何をするところだったの?

関連記事:こんなに豪華!三国志演義の銅雀台の宴を再現してみるよ【前半】




超エリート鍾会(しょうかい)

 

相国、太尉、太傅など重役を歴任したのが鍾会の父の鍾繇です。

潁川郡の名士たちの派閥の筆頭であり、

鍾会もまた4歳で孝経、7歳で論語、13歳で周礼・礼記、

14歳で易経を修め、15歳で太学に入った天才児でした。

毌丘倹や諸葛誕の反乱鎮圧にも武功をあげて文武両面で活躍しています。

もちろん権力の中枢にあった司馬師や司馬昭に重用されました。

西暦262年、この時に魏の実権を握っていたのは、

晋公・相国などを下賜されながらも断っていた司馬昭です。

はじめは側近の賈充が提唱する姜維暗殺の計画に乗り気でしたが、

「晋公となり、また相国にもなろうとしている人は義をもって根本とすべき」

と荀勗に諫められ断念します。

また荀勗は鄧艾と鍾会を同時に蜀に攻め込ませる案を提案します。

司馬昭は承諾し、鍾会を呼び出しました。

このとき鍾会はすでに征蜀の準備を進めており、

そのための地図を持参していたそうです。

荀勗の母は鍾繇の娘です。

荀勗は鍾会に手柄をたてさせるために司馬昭に征蜀大将を推薦したと言われていますが、

実は中央から鍾会を追い出したかったという見方もあります。

司馬昭も鍾会の自滅を願っていたようにも推察できます。

多くの人の懸念通りに、将来を嘱望された鍾会は蜀の地で自らの野心のために破滅します。

このとき荀勗はそのまま司馬昭の側近として残っています。




佐命の勲・羊祜(ようこ)

 

政争を嫌うイメージの強い羊祜ですが、こちらもまたエリートです。

泰山郡の名士の出で、母は名士・蔡邕の娘。

姉は司馬師の後妻で、妻は夏侯覇の娘です。なかなか強力な人脈を持っています。

司馬炎にも仕え、賈充や荀勗と共に晋王朝建国の功臣「佐命の勲」の一人に数えられています。

羊祜は呉の討伐のために都督荊州諸軍事として最前線に送り込まれました。軍略に優れていたからです。

また、統治にも手腕を発揮し、民衆に慕われ、領地を発展させました。

さらに呉から投降する民衆や武将が多く出たと伝わっています。

呉にも名将・陸抗がおり、互いに力量を認め合っていました。

ここから「羊陸之交」という言葉が誕生しています。

しかし陸抗は病死します。

羊祜は呉を滅ぼすチャンスだと司馬炎(武帝)に上奏し、

王濬を益州諸軍事に任じて造船を急がせますが、

朝廷からの許可はおりませんでした。

おそらくは羊祜の手柄があまりにも大きくなることを恐れた荀勗の反対が障害になったのでしょう。

司馬炎の弟で人望があった司馬攸がいますが、

その義理の父である賈充も征呉には最後まで反対しています。

どのような意図があったのかは定かではありません。

とにかく、佐命の勲の二人までが反対する以上、

司馬炎もそう簡単に許可は出せなかったということです。

羊祜は征呉の許可を待っている間に病死しています。

その後、征呉の総大将に任じられたのは賈充でした。

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

戦争は元来、政治的手段の一つです。政治の影響を大きく受けます。

鍾会の征蜀と羊祜の征呉に関しては、その政治的背景がまったく異なっていたというわけです。

今も昔も政治的要素が強くなると、なかなか現場の思うようにはいかないものですね。

 

皆さんはどうお考えですか。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

次回記事:何で曹操はあれだけ関羽を愛していたのに配下から逃がしたの?

関連記事:三国志の英雄たちの詩を調べたら司馬懿ヒドすぎワロタwww

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 三国志の劉備玄徳は本当に民や武将から慕われてた?
  2. 暗君・劉禅も名君になれた?桓公と景公を教育した宰相・晏嬰と管仲の…
  3. 【三国志作家】伴野朗のとんだ災難、事実は小説より奇なり?
  4. 荀彧と曹植はオシャレ男子だった?三国時代の男子は化粧をしていた
  5. 曹操の妻はどんな人達だったの?13人を紹介 Part4
  6. 【真田丸】幸村だけじゃない!曹操、孔明も使った赤備え!ザクとは違…
  7. 張松(ちょうしょう)の裏切りがなければ劉備の蜀制圧は不可能だった…
  8. 曹丕、女心を詩で歌う ごめんねディスしてキャンペーン

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 理屈は確かにそうだけど・・中2病的な袁術の皇帝即位の理由とは?
  2. 孟達に全てがかかっていた!諸葛孔明の北伐は成功したかも?
  3. 【素朴な疑問】三国志時代はどうやって兵士を集めていたの?
  4. 三国時代の娯楽にはどのようなものがあったの?タイムスリップして当時の人に取材してみた
  5. 【目からウロコ】魏武註孫子は○○○として編纂された
  6. 中国四大美女のひとり貂蝉

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

黒田官兵衛は牢屋に閉じ込められた時に何で自殺しなかったの? 孫権は何であれほど合肥城を狙い続けたの?理由をわかりやすく解説(後半) 【1周年記念】厨二病中年、石川克世とはどんな人物か? キングダム 526話 ネタバレ予想:馬南慈の気概 李厳(りげん)とはどんな人?自分の出世の為に孔明の足を引っ張った蜀の将軍 田斉に時代最高の名君である威王の逸話【春秋戦国時代の斉の名君】 老将・黄蓋(こうがい)は異民族討伐のプロだった 新制度導入はこんなに大変!胡服騎射を導入するために苦労を重ねた武霊王

おすすめ記事

  1. 三国志一の策謀家、袁術の伝説
  2. 三国時代では数学が出来ないと下級役人にもなれない?算籌を徹底紹介!
  3. 被らないのは裸で歩くようなもの?中国人が被っていた冠は何?
  4. 三国時代の鉄の生産と専売制度はどうだったの?
  5. 【朝まで三国志2017】告知参加メンバーが判明したよ
  6. 【ネオ三国志】第1話:蒼天航路の主人公・曹操立つ
  7. 【羌瘣や摎の先輩】處女(しょじょ)とはどんな人?実在した越の軍事教官【キングダム外伝】
  8. 公孫瓚特集:悔しかったら雨を降らせてみろ・その1

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP