豊臣秀吉の天下統一の第一弾「四国征伐」に向けて何をしたの?

2017年6月30日


 

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紀州(きしゅう)征伐を無事に完了し、

朝廷から天下人として任命された豊臣秀吉(とよとみひでよし)。

彼は天下統一事業という目標を立てて邁進することになります。

自らの天下統一事業の妨げになる可能性の高い、

四国の覇者となった長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)を討伐するため、

軍勢を整えていくことになります。

しかし長宗我部元親は秀吉に敵対する姿勢を見せることをしませんでした。

そのため秀吉は長宗我部元親討伐の大義名分を手に入れるため、

色々と行動を開始することになります。

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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毛利家からの催促

 

秀吉は紀州征伐が完了すると毛利家の取次であった黒田官兵衛(くろだかんべえ)

呼び寄せます。

秀吉は官兵衛へ「毛利家は何と言ってきている」と述べます。

すると官兵衛は「毛利家の外交僧である安国寺恵瓊(あんこくじえけい)は、

「早々に四国へ攻撃を行っていただきたい」と何遍も催促してきております。」と近況を報告。

秀吉は官兵衛の報告を聞いて唸ってしまうのでした。

なぜ秀吉は毛利家から催促されなくてはならないのでしょうか。

 

毛利家との和睦成立の条件に「四国征伐」があったから

 

毛利家は織田信長が滅亡した際秀吉が信長の仇討ちを行うため上方へ向かう時、

毛利家と和睦を成立させますが暫定的なものでした。

そして紀州征伐が完了した数ヶ月前に毛利家との和睦が成立することになります。

この和睦では秀吉が毛利家の領土を多くもらうことになりますが、

毛利家は秀吉に多くの領土を割いて和睦を成立する代わりに

秀吉に四国の長宗我部氏を討伐して彼が保有している領土を与える条件が、

組み込まれていました。

そのため秀吉は毛利家から四国討伐はまだかと催促を受ける事になるのです。

 

長宗我部氏を討つ大義名分がない

 

秀吉は長宗我部氏が四国統一後領土を割譲するように要求を出します。

秀吉が長宗我部氏に出した領土割譲条件は讃岐(さぬき)・伊予(いよ)を

返還するように条件を提示します。

しかし長宗我部元親は秀吉に多額の贈り物作戦を展開すると当時に、

秀吉の領土割譲条件に対して伊予一国のみを返還したいと述べておりました。

両者はこうして意見を対立させていくことになります。

だがこの交渉決裂だけでは秀吉は四国征伐を行うことができませんでした。

 

闕字を大義名分に

 

秀吉は元親が信長に出していた手紙を見つけるように部下達に命令を与えます。

そして部下達は必死になって元親が信長の元に出した手紙を探し回って、

ついに見つけることに成功します。

秀吉は元親が信長に出した手紙と秀吉に送られてきた手紙を見比べると

ある事実が判明します。

元親が信長に出した手紙には闕(けつじ)が使用されているのに対して、

秀吉に対しては闕字が使用されていませんでした。

秀吉はこれを四国征伐の大義名分に掲げて出陣することにするのです。

しかし闕字とは一体何なのでしょうか。

信長に出した手紙を例に見てみましょう。

元親は信長を敬っていたため「信」の字を書く際、スペースを設けておりました。

このスペースこそ闕字と呼ばれるものです。

しかし天下人として朝廷から認められていた豊臣秀吉に対して、

元親はこの闕字を用いないで手紙を書いておりました。

この欠点を秀吉は指摘して、

天下人たる自分を敬っていない無礼な行為であることを四国征伐の大義名分として、

掲げるのです。

こうして四国征伐はたった文字と文字の間にスペースが設けられていないと

いう小さな理由から始まることになるのです。

 

元親の防衛体制

 

元親は秀吉が軍勢を揃えて四国征伐を行おうとしていることを知ると軍勢を募兵して、

兵力をかき集めることから始めます。

元親の募兵に応じたのはなんと40000人と言われ、

四国の歴史の中でも空前の大軍勢が集結することになります。

元親は秀吉の軍勢が淡路(あわじ)方面から海軍を率いて、

阿波(あわ)に上陸する可能性が高いと予想。

そのため元親は自ら率いる本隊を四国内陸部の要衝である白地城に設置。

また集まってきた40000万の軍勢を阿波近辺に重点を置いて、

秀吉軍の迎撃防衛ラインを敷くことにします。

元親の作戦は正しかったのですが、

秀吉軍だけが相手ではなく毛利軍も相手にしなくてはならなかったことが誤算でした。

 

秀吉の四国征伐軍の軍事体制とは

 

秀吉は長宗我部元親が領有する四国を征伐するため、

大軍を動員して一気に制圧するための準備を整えていきます。

まず秀長・豊臣秀次(とよとみひでつぐ)を副将として任命。

さらに別働隊として備前(びぜん)の宇喜多秀家(うきたひでいえ)を別働隊の大将に任命し、

彼の元に黒田官兵衛、蜂須賀正勝(はちすかまさかつ)らの諸将を付けることによって、

若い秀家の補佐する役目を与えます。

そして中国地方の覇者であった毛利家にも動員命令を下することにします。

毛利家は毛利家当主・毛利輝元(もうりてるもと)が兵を率いて出陣することになり、

毛利両川の小早川隆景(こばやかわたかかげ)、

吉川元春(きっかわもとはる)の息子・吉川元長(きっかわもとなが)が副将として、

長宗我部の領土である伊予方面に侵攻する手はずを整えていきます。

こうして秀吉軍は秀吉軍は10万~12万とも言われる大軍を揃えて

出陣することになるのですが、

秀吉が病(仮病とも言われているが・・・・)にかかってしまいます。

そのため秀長が秀吉軍の総大将として任命されることになり、

秀次が豊臣軍の副将として軍勢を率いて侵攻することになります。

こうして豊臣軍は阿波・讃岐・伊予の三方面から攻撃を仕掛けることになるのです。

 

レンが元親だったらどうやって防衛ライン構築をするのか

 

今回はちょっとした妄想をしてみたいと思います。

戦国モノのシュミレーションゲームを

一番難しい難易度で小学校の高学年からクリアしていたレンが、

長宗我部元親であったらと空想し防衛体制を整えてみたいと思います。

そもそも四国は四方が海となっており、守りぬくことが難しい地形となっております。

レンも何度か長宗我部氏でシュミレーションゲームを行っていたのですが、

四方面から攻められた時には泣きそうになりました。

さてここからが本題です。

1585年から始まる秀吉の四国討伐戦。

レンはどのように防衛ラインを構築するのでしょうか。

まず秀吉軍は毛利家も動員して三方面から攻撃を仕掛けてきて、

兵力は12万ほど。

対するレンの長宗我部軍は4万しか動員できない状態です。

レンが長宗我部元親であったら北伊予を一度放棄して、

四国内陸部の要衝である白地城と阿波方面に兵力を集めます。

そして九州地方の覇権争いを行っていた島津氏と同盟を結んで、

(勝手に同盟締結したと仮定)援軍を南伊予に送ってもらうよう要請を行います。

島津軍の援軍が南伊予に到着することができれば、

後はこの援軍を白地城へ入城してもらい一緒に闘ってもよし。

または白地城を島津家に守備してもらい、

元親となったレンが阿波方面の秀吉軍迎撃作戦に参加するもよしです。

こういうふうに勝手に妄想するのも戦国時代や三国志を楽しむ方法であると

レンは勝手に思い込んでおります。

しかし史実はこのように甘いものではなく、

長宗我部元親vs秀吉・毛利連合軍との戦いへと発展することになるのです。

 

戦国史ライター黒田レンの独り言

 

豊臣秀吉は四国征伐軍の編成を完了。

長宗我部元親は秀吉軍が攻撃を行ってくるであろう阿波方面に防衛ラインを敷いて、

迎撃作戦を展開することにします。

こうして両者の陣営の戦いの準備は終わり、

秀吉の天下統一第一弾となる「四国征伐」が始まることになるのです。

両者は一体どういった戦いを繰り広げられていくのでしょうか。

 

参考文献 吉川弘文館 秀吉の天下統一戦争 小山田哲男著など

 

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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