游楚(ゆうそ)とはどんな人?諸葛亮の攻撃を耐え抜いた魏の太守


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三国志を知らない人でも一度は必ず聞いたことのある人物。

それは諸葛孔明ではないのでしょうか。

蜀の宰相として強大な魏国へ挑み続けた人として知られており政治・軍事両方で活躍。

そんな彼の攻撃を耐え抜いたマイナーな武将が魏にいたことを知っていましたか。

彼の名を游楚(ゆうそ)と言います。

 

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張既の推挙を受け仕事に励む

 

游楚は父が胡軫(こしん)という董卓の武将に殺害されてしまった後、

張既の元で勉学に励んで行きます。

その後曹操が関中を領土とした際、

先に仕えていた張既の推挙を受けて魏に仕えることになり、

游楚は隴西(ろうせい)の太守として活躍することになります。

隴西の太守として着任した彼は刑罰を行うことを極力避けて民衆達に恩恵を施して、

統治していき民衆からは慕われていきます。

民衆から慕われていた游楚ですが、

蜀の諸葛孔明率いる軍勢が北伐を開始したことが原因で、

隴西の地に戦雲が訪れることになります。


次々に太守が寝返る中・・・・

 

諸葛孔明率いる蜀軍は隴西付近に点在している都市の太守に兵力で、

プレッシャーをかけます。

その結果、天水(てんすい)・南安(なんあん)の両太守が孔明に寝返ってしまいます。

そんな中、隴西の太守であった游楚は寝返ることなく民衆達を集めて演説を行います。

 

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「俺が死ねば君たちは許されるだろう」

 

游楚は民衆や役人達を集めて演説を行います。

彼は役所の高い所に登って「私は魏の国家に仕える役人である。

そのため必ず私は国家のために死ななければならない。

しかし君達には選択の自由がある。

私の首を斬って諸葛孔明の元へ持っていけば必ず許されるだろう。

すぐに私の首を斬るべきであると考えるがどうだね」と述べます。

この言葉を聞いた民衆や役人は涙を流しながら「私達は太守様と運命を共にします。」と

決意を述べます。

この言葉を聞いた游楚は大きく頷くと言葉を述べます。


游楚の計略とは・・・・

 

游楚は民衆達へ「君達が降伏しない道を選んでくれたことを嬉しく思う。

そこで私は一つの計略を述べたい。

それは隴西の城をしっかりと守ることである。

本国から援軍がやってくれば君達全員が褒美を受けることになるであろうが、

もし援軍がやってくることがなければ、すぐに私の首を斬って孔明に差し出すといい」と

自らの命を元手にして民衆や役人達の士気を鼓舞します。

孔明率いる蜀軍がやってくると知ると

すぐに部下へ軍勢を与えて城門の外に駐屯させ蜀軍迎撃の陣を構築。

蜀軍が城の付近にやってくると攻撃を開始します。

蜀軍は隴西の城もすぐに降伏すると考えていた為、

游楚が仕立て上げた軍勢の激しい攻撃を受けて撤退してしまいます。

こうして蜀軍を打ち払った游楚は10日後、

本国からの援軍が到着したことによって蜀軍は撤退。

そして本国からは游楚の言っていた通り、

民衆・役人全てに褒美が与えられることになります。


  

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

游楚は蜀軍に屈することなく戦ったおかげで、孔明の北伐作戦は失敗してしまいます。

気骨ある彼ですが、微笑ましいエピソードがありますのでご紹介して終わりたいと思います。

游楚は隴西の戦いの後洛陽へ参内するように命令を受けます。

彼は宮廷での礼儀を知らなかったため緊張しながら曹叡(そうえい)の元へ参上。

皇帝の侍中(じちゅう)から「隴西太守・游楚。前にすすんできなさい」と声がかかります。

游楚は緊張していたのか「はい」と返事をすればいいのに「承知仕った」と返答。

宮中にいた高官達は笑いをこらえ、

曹叡も彼の返事の仕方に微笑ましい表情で彼を見ていたそうです。

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志魏書3 今鷹真・井波律子著など

 

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