辛毗(しんぴ)とはどんな人?曹丕が泣き言を言うほど厳しく反対意見を述べた政治家


 

魏の初代皇帝・曹丕(そうひ)

自分が気に入らない人物がいれば、

誰であろうと容赦せずに処刑することも多かった皇帝ですが、

失策なく領土を安定させた魏の皇帝として知られている人物です。

そんな彼に泣き言を言わしめるほど厳しい人物がいたことをご存知でしょうか。

 

 

その名を辛毗(しんぴ)と言います。

一体彼は曹丕にどれだけ厳しく反対意見を言ったのでしょうか。

 

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冀州の住民の移住政策

 

辛毗は袁紹(えんしょう)にはじめ仕えておりました。

袁紹が亡くなると袁紹の息子である袁譚(えんたん)に仕えることになりますが、

曹操と袁譚の和睦の話を取りまとめるために曹操の元へ出向いた時、

そのまま曹操の家臣として仕えることになります。

曹操死後、曹丕が皇帝の位に就任するとある政策を行うことに決めます。

彼は冀州の兵士の家を河南へ移住させ、河南の地を充実させようとします。

しかし当時河南はイナゴの群れに農地を荒らされていたため、

食物がほとんどない状態で民衆達は飢えておりました。

そのため群臣達は曹丕の政策に反対意見を述べますが、

彼は群臣達の反対意見を聞いても賛成することなく、政策を推し進めていくことにします。


群臣達はビビって曹丕に反対意見をいえない

 

群臣達はこのまま曹丕の政策を認めるわけには行かないと考え、

曹丕の所に行ってみんなで反対意見を言おうということになりました。

辛毗もこの仲間に加わって曹丕へ反対意見をいう仲間に加わり、

彼らと一緒に曹丕の元へ出かけて行きます。

曹丕は彼らが来ると冀州から河南への移住計画の反対意見を言うために来ていると考え、

彼らと会うと不機嫌な表情を表に出します。

群臣達は曹丕が不機嫌な表情をしているので、

ビビって移住計画の反対意見を述べることができませんでした。

しかし群臣達の仲間に加わった辛毗は彼らの沈黙を破って発言するのです。

 

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なぜ怒っているのです

 

辛毗は曹丕へ向かって「冀州の兵士達の家を河南に移住させる計画があると聞きましたが、

いったい誰がこの計画を決めたのでしょうか。」と発言。

曹丕は「君は彼らを移住させることがいけないというのか。」とキレ気味反論します。

すると辛毗は冷静な口調で曹丕へ「絶対ダメであると考えます。」と述べます。

曹丕は彼に「私は君と議論する気はない。これは決定したことだ」と

答え自分の部屋に下がろうとします。

すると辛毗は曹丕の服を引っ張って食らいつきます。

曹丕は辛毗が自分の服を引っ張っていることにイラっとしますが、

そのまま奥に下がるのはしゃくにさわったのか彼の意見を聞く体勢をとります。

辛毗は曹丕が立ち止まるとすぐに「陛下は私を愚かでありながら、

側近くに仕えさせて諮問の官職に就けてくださいました。

諮問の官職についた私と議論しないで済むことは不可能でしょう。

今私が述べているのは個人のことではなく、

国家のことに対して意見を述べているのになぜ陛下はそんなに怒っているのでしょうか。」と述べます。

曹丕は彼の意見を聞いてすぐに奥に引っ込んでしまいました。


君はなんでそんなに厳しく責めるのだ

 

曹丕は奥に引っ込んでしまいますが、しばらくすると彼らの前に再び姿を表します。

そして辛毗へ「君は私に恨みでもあるのか。ちょっと厳しく責めすぎではないか。」と

半べそをかいて辛毗へ泣き言を言います。

すると彼は「陛下。泣き言を言ってもダメなものはダメなのです。

今河南には食べ物が無くて飢えている状態なのに、

冀州から住民が移住することになれば、民衆から支持されなくなってしまいますよ。」と

厳しく曹丕を責め始めます。

曹丕は彼の意見をこれ以上聞きたくないと泣き言を言いながら、

奥に引っ込んでしまったそうです。


  

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

曹丕が立案した移住計画はその後どうなったのでしょうか。

結局辛毗の意見に従ったのではなくて、半数を河南に移住させることにします。

そして残りの半分は冀州にとどまらせることにしたそうです。

一応反対派と曹丕の意見の折衷案を披露したことで、

反対派の意見を押さえ込んで自らの計画を実施したそうです。

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三國志魏書4 今鷹真・井波律子著など

 

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