孫登(そんとう)とはどんな人?超絶優しい孫権の長男

2018年1月29日


 

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蜀の劉備(りゅうび)の後継者は劉禅(りゅうぜん)です。

頭が悪く蜀を滅ぼした君主としてのイメージが強いと思います。

魏王朝を創設した曹操(そうそう)の次男・曹丕(そうひ)は、

クールでひどい事をするイメージが強い人物ではないでしょうか。

このように三国志に登場する群雄の息子達にはある程度のイメージがあると思います。

では皆さんは孫権(そんけん)の息子・孫登(そんとう)には、

どのようなイメージをお持ちでしょうか。

実は孫登。

三国志で一番優しいと思われる人物だったのです。

今回は孫権の長男・孫登のイメージをご紹介しましょう。

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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三国志一優しく努力する孫登

 

孫登は三国志の一角を占める孫呉の当主・孫権の長男として誕生します。

劉備の息子・劉禅のように自分で決断しない人物ではなく、

孫権から都市の統治を任されると孫呉の重臣や自分の側近達と相談して、

しっかりと都市を治めることができる人物でした。

また曹丕のようにクールで冷酷な事をする人物ではなく、

パパを心配し、友人を大切にする人だったそうです。

この孫権の長男・孫登ですがめちゃくちゃ優しい人物なのです。

 

パパ思いの孫登

 

孫登は孫権パパを大切にする孝行息子だったそうです。

孫登がどれくらい孫権に孝行を尽くしてきたかここでご紹介しましょう。

孫権は優秀で有能な次男・孫慮(そんりょ)が亡くなるとショックでご飯が食べれなくなってしまいます。

孫登は孫権が次男を失った悲しみでご飯を食べずに何日も過ごしている事を知り、

急いで孫呉の首都・建業へ赴きます。

孫登は建業に到着し、孫権の様子を見るとご飯を食べないせいで、

痩せこけていました。

孫登はこのパパの姿を見て涙を流して悲しみます。

 

そして孫登は孫権パパに「孫慮は起き上がることのできない病だったのです。

魏は未だ健在で強大な兵力を要しており、

陛下(孫権)が悲しんでご飯を減らして体調を崩されれば国家の一大事です。

どうか陛下。国家のためにご飯を食べて体調を整えてください。」と涙を流しながら、

孫権パパにお願いします。

 

孫権は孫登が涙を流してお願いする姿に心を打たれ、

この日を境にご飯を食べて行くようになります。

パパ思いで優しい孫登の一面がお分かりになったのではないのでしょうか。

でもまだ物足りないという人のために孫登の優しい一面をもう一つご紹介しましょう。

 

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民衆を考えた行動と即断しない判断力

 

孫登はある日趣味の狩猟へ出かけます。

いつも孫登は民衆の田畑を荒らさないようにするため、

田畑を避けて馬を走らせていました。

そんな孫登に金属製の球を放ってくる事件が発生。

孫登の側近達は犯人を捜すため村に入って聞き込みを開始します。

そんな中、一人の民衆が森の中で球を発射する装置を持って現れます。

孫登の側近はこいつが犯人に違いないと考え引っ捕えて、

バツを与えてやろうと考えます。

 

しかし孫登は側近達へ

「犯人と決め付けるのはよくない!!彼が持っている球と

私に打たれた球を調べよ」と命令。

 

側近達は孫登の命令に従って孫登に打ち込まれた球と民衆が持っていた球を調査。

その結果、孫登に打ち込まれた球と民衆が持っていた球が違っておりました。

側近達は民衆を解放して孫登に謝ったそうです。

孫登の即断しない判断力と周りの意見に惑わされない決断力が見て取れ、

民衆の田畑を荒らさないようにする優しさが見て取れるのではないのでしょうか。

   

三国志ライター黒田レンの独り言

 

孫登の優しさは三国志一番と言っても過言ではないでしょう。

民衆に対する優しさ、パパへ尽くす孝行、優れた判断力、

周りに惑わされない決断力を持っていた孫登。

こんなに優れていた孫登ですが、

孫権の跡を継ぐことなく若くして亡くなってしまいます。

もし彼が孫権の跡を継いでいれば、

孫呉の国はかなりの強さになっていたと思いませんか。

 

参考文献 ちくま学芸文庫 正史三国志呉書 小南一郎訳など

 

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-はじめての呉, 執筆者:黒田廉
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