よかミカンの三国志入門
黄巾賊




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

陸遜も参戦した合肥の戦い(第四次戦役 234年)を分かりやすく解説

この記事の所要時間: 229




 

蜀の諸葛孔明による北伐は、234年が最後になります。

「死せる諸葛、生ける仲達を走らす」で有名な「五丈原の戦い」です。

 

このとき呉は蜀に呼応し、魏を攻めました。「合肥新城の戦い」です。

今回はこちらの戦いにスポットを当てていきましょう。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:陸遜はイケメンだった?三國無双でも人気武将にランクインされてる理由

関連記事:陸遜と趙雲は本当に有能だったの?英雄を徹底分析

233年に合肥に新城が築かれる

 

呉の都である建業に近い魏の重要拠点「合肥」は、孫権(そんけん)にとってもっとも邪魔な存在です。

赤壁の戦いの後から再三に渡り合肥をせめましたが、

魏の名将・張遼(ちょうりょう)の活躍もあり攻略できずにいました。

 

対呉の総司令官であった曹休(そうきゅう)の後任である満寵は、

合肥の城の位置が不利であることを明帝(曹叡)に進言し、

合肥に新城を築くことを許されます。

 

233年、孫権は自ら兵を率いてこの合肥新城を攻めますが、

満寵(まんちょう)の伏兵の罠にかかり撃退されます。

234年、合肥新城包囲戦

 

翌年も孫権は諦めることなく合肥新城を攻めます。

今回は蜀の諸葛孔明と打ち合わせた東西・二方面からの魏への侵攻でした。

孫権は好機と見て10万の兵を率いて出陣します。

 

 

孫権は直接合肥新城へ向かい、陸遜(りくそん)諸葛瑾(しょかつきん)

には一万の兵で襄陽に進軍させます。

さらに孫韶と張承をもって淮陰へ攻め込ませました。

合肥新城のある揚州、襄陽のある荊州、淮陰のある徐州の三州を一気に攻めたことになります。

 

本命である合肥新城を落とすために、

近隣の魏軍を引きつけておくのが、陸遜や孫韶の役割だったと考えられます。

 

伝説の企画 朝まで三国志 最強の軍師は誰だ

朝まで三国志1  

明帝の親征

 

これに対して満寵は合肥新城を放棄し、戦線を北の寿春まで下げることを明帝に進言します。

しかし明帝はこの提案を認めませんでした。

合肥を敵の拠点にされると大変な事態になる可能性があったからです。

 

明帝は、諸葛孔明の北伐に立ち向かう司馬懿に援軍を送りながらも、

決して陣を出て戦うことのないように司馬懿に指示します。

守りに徹せよということです。

そして自身は南下して孫権の侵攻阻止に向いました。

 

関連記事:曹叡が孔明をDISる文章を発見!孔明はマゾでドけちだ!

関連記事:【どっちの皇帝show】曹丕と曹叡はどっちが名君?

 

満寵の火計により孫権はまたも敗れる

 

合肥新城の守将は張潁であり、防戦に必死の状態です。

戦線後退を却下された満寵は気持ちを切り替えて合肥新城の援軍に向います。

そして到着するや数十名の精鋭で風上から火を放ち、呉の攻城兵器や兵糧を焼き払いました。

この戦いで孫権は甥の孫泰を射殺されています。

 

孫権はこの奇襲の損害だけでなく、陣中に疫病が流行っていることと、

明帝が自ら兵を率いて親征してくることを知り、撤退を決断します。

これを聞いた襄陽攻め、淮陰攻めの両軍も退却しました。

またもや孫権は満寵にしてやられたわけです。

 

三国志ライターろひもとの独り言

 

この合肥新城の戦いでは、陸遜は襄陽へ向かっただけで撤退しており、

活躍の場はほとんどありませんでした。

陸遜は上大将軍なのだから合肥新城攻めの総大将をすべきだとも思いますが、

荊州全域の総司令官という立場もありましたから、手一杯だったのでしょう。

 

なにより合肥には孫権のこだわりがありました。

曹操曹丕らが健在だった頃から孫権はしきりに合肥を攻めています。

君主たる孫権が直々に出陣していることが多いのが特徴です。

それだけ重要な拠点だということですが、

何としても自分の手で制圧したいという孫権の気持ちも伝わってきます。

父である孫堅や兄の孫策に匹敵する戦上手であることを示したかったのかもしれません。

 

合肥侵攻は諸葛孔明の北伐に並ぶ回数です。

東と西からこれだけ攻められても崩れることのなかった魏もやはり凄いですね。

 

手に汗握る緊迫した合肥新城を体感したい方は、

三國無双の合肥新城の戦いのステージに挑戦してみるのもいいかもしれません。

登場してくる武将が史実とはやや異なるものの、雰囲気は味わえます。

満寵が呉軍に到達する前に撃破するという条件を満たせば、秘蔵武器が入手できるようですよ。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:陸遜の死因は何だったの?孫権のパワハラに耐えきれなかった呉の丞相

関連記事:【孫呉決定版】周瑜・陸遜それとも呂蒙!?正史三国志・呉書で一番軍略に優れていた人物とは?

 

■古代中国の暮らしぶりがよくわかる■

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 三国志の時代のライター陽燧(ようすい)が中々便利!
  2. 【シミルボン】幸村だけじゃない曹操、孔明も使った赤備え!
  3. コネ男・劉備から学ぶ人脈作り!コネクションの活かし方をコッソリ教…
  4. 何で劉備と司馬懿は無能な人間のふりをしたの?分かりやすく解説して…
  5. 三国志の時代に活躍した兵士の逸話
  6. 中国の氏・姓の成り立ちをどこよりも分かりやすく解説!
  7. 姜維の墓は存在するの?中国の三国志観光スポット旅行
  8. 【子供は親のコピー】劉備の阿斗投げを容認する儒教の驚きの論理

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【新事実】織田信長は本能寺の変がなくてもオワコンだった!
  2. 袁術の側室・馮氏(ふうし)の憐れな偽装死にも気づかなかった鈍感・袁術エピソード
  3. 【衝撃の事実】三国志演義はゴーストライターによって書かれた小説だった!?羅貫中じゃないの?
  4. 漢王朝を腐らせたのは儒者!打倒司馬懿、シチケンジャー
  5. 【三国天武 攻略その1】全世界3000万人がプレイしている三国志の世界へ「内政編」
  6. 織田信長の息子達の名前がファンキーでかなりやばい!!

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

【はじさん書評倶楽部】堀江貴文「多動力」を読む 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第25話「材木を抱いて飛べ」の見どころ紹介 王儁(おうしゅん)とはどんな人?曹操を認め親しく付き合っていた孟徳の友人 項羽(こうう)ってどんな人?史上最強の孤独な戦術家 Part.2 高杉晋作の名言脳に刺さる言葉を紹介 漢の400年は、たった8年の激しい戦いから生まれた?三国志の前哨戦、楚漢戦争! 【建安文学】文学史に残る名文を記した陳琳の魅力ってなに? 劉備と呂布を仲たがいさせよ!駆虎呑狼の計

おすすめ記事

  1. もはや「意地」の領域?田豊・沮授の進言を却下し続ける袁紹が凄すぎる
  2. 【赤壁の戦い】なぜ曹操は天下分け目の大戦に負けたの?
  3. 【意外と知らない?】孫子の兵法を読んだ偉人達!曹操やビルゲイツも愛読、人生や経営に役立つ名言が詰まった兵法書
  4. 賈詡は一流の政治家でもあった!?降伏の進言をして名軍師と呼ばれた天才の生涯
  5. 集まれ曹操の25人の息子たち・その2
  6. キングダム時代に活躍した法家 商鞅と韓非はどんな人?
  7. 楽毅の猛攻に神対応!籠城の天才、斉の田単(でんたん)
  8. 劉勲(りゅうくん)とはどんな人?袁術病死の後継者は「泣く子を救う」なのか!?

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“邪馬台国"
PAGE TOP