龐徳が曹操から関羽に乗り換えなかった理由は何?


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曹操にプレゼントをする龐徳

 

馬騰(ばとう)馬超(ばちょう)の将軍として幾つもの戦で活躍した龐徳(ほうとく)

 

ホウ徳、馬超

 

彼の兄は蜀に仕えていたにもかかわらず馬超と一緒に蜀へ行かずに曹操(そうそう)率いる魏の将軍として仕える事になります。

 

ホウ徳(龐徳)

 

その後龐徳は曹仁(そうじん)と一緒に関羽(かんう)と戦うことになり、討ち取られてしまいます。

 

はじめてのプロ野球 関羽

 

新参者でありながら曹操へ忠義を尽くした人物として知られる龐徳ですが、関羽が所属する蜀へ降伏するチャンスがあったのにどうして降伏しなかったのでしょうか。

 

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龐徳が蜀へ寝返らなかった理由その1:皆から疑われていたから??

魏軍から疑われる龐徳

 

龐徳はどうして蜀へ寝返ることをしなかったのでしょうか。彼が蜀へ寝返らなかった理由その1としては皆から疑われていた事が考えられます。龐徳が魏に仕えすぐ、魏の荊州で反乱が勃発。

 

曹仁

 

龐徳はこの時、曹仁と一緒に荊州で起きた反乱を討伐するために出陣します。この戦いは龐徳や曹仁らの活躍によって簡単に鎮圧することができました。

 

五虎大将軍の関羽

 

しかしこの反乱後すぐに関羽が軍勢を率いて北上。そして曹仁が守っている樊城を包囲します。樊城を守っている諸将は

「旧主の馬超が蜀にいるから龐徳が裏切るのではないのか。」

と囁きあっていたそうです。

 

ホウ徳(龐徳)

 

龐徳は彼らの疑念を晴らすため

「俺は曹操様から恩義を受けている。

そのため関羽を討ち果たすことができなければ、俺が関羽に殺されることになるであろう」

と回りに話して、疑念を晴らそうとしていたそうです。

 

ホウ徳

 

龐徳は関羽に捕らえられてしまいますが、自らいった言葉や諸将からの疑念の目を晴らすため蜀へ寝返ろうとしなかったのではないのでしょうか

 


 

龐徳が蜀へ寝返らなかった理由その2:恩義に報いるため

曹操に降伏する教祖・張魯

 

龐徳は張魯(ちょうろ)が曹操に降伏した後、曹操へ部下とともに降伏。曹操は龐徳が降伏してくると彼に将軍の位と侯の位を与えて厚遇します。

 

龐徳を慰める曹操

 

龐徳は新参者の身でありながらこのように厚遇してくれる曹操に恩返しをするため、関羽と激闘を行い、捕らえられた後でも曹操を裏切らず、蜀に寝返ることをしなかったのではないのでしょうか。

 

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龐徳が蜀へ寝返らなかった理由その3:旧主・馬超や兄貴と仲良くなかったから??

馬超と別れる龐徳

 

龐徳が蜀へ寝返らなかった理由その3としては旧主・馬超に会いたくなかったからではないのでしょうか。龐徳は馬超が落ち目になっても見捨てることなく、曹操と戦いを繰り広げていました。

 

ホウ徳

 

にも拘らず馬超が劉備の元へ行った時、龐徳は馬超と一緒に蜀へ仕えていません。どうして一緒に龐徳は馬超と一緒に蜀へ行かなかったのか。

 

蜀 武運を誇る馬超

 

それは馬超と龐徳の仲があまり良くなかったからではないのでしょうか。正史三国志には馬超が蜀へ向かう時、龐徳を誘った形跡が残っていません。馬超軍の中でも屈指の勇将として知られている龐徳なのにです。

 

曹操を絶対殺すマンとしてなった馬超

 

何故誘わなかったのかを考えるとやはり馬超と龐徳が何かしらの意見で対立したのか。それとも違う理由で確執があったのか。二人になって見なければわかりませんが、何かあったのは間違えないと思います。

 

 

また龐徳の兄が蜀にいるにも拘らず、龐徳は蜀へ降伏することを望みませんでした。その原因も龐徳が兄と仲良くなかったことが考えら得れるのではないのでしょうか。

 

周倉とホウ徳

 

その証左として関羽に龐徳が捕まった時、関羽から「お前の兄や馬超は蜀にいるのだから降伏せよ」と誘っていますが、龐徳はこの誘いをきっぱりと断り処刑されてしまいます。親族を大切にしている時代にも拘らずです。

 

ホウ徳と曹操

 

これらの事を考えると馬超や蜀に仕えている兄貴と仲が良くなかったから降伏しなかったと考えることができるのではないのでしょうか


  

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レンの独り言

 

いかがでしたでしょうか。龐徳が曹操の元を最後まで離れず、関羽へ降伏しなかった理由をいくつか述べてみました。

 

 

ほかにも龐徳が曹操に人間的魅力を感じ、蜀へ仕える位ならそのまま討ち死にしてしまったほうがましだと考えていたかもしれません。龐徳が降伏しなかった理由は上記のいずれかだとレンは考えるのですが、みなさまはどのようにお考えになりますか。

 

【参考文献】 正史三国志魏・蜀書など

 

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【はじめての三国志平話】
三国志平話

 


 

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