【アンゴルモア元寇合戦記】鎌倉時代の文化的特徴とは?


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アンゴルモア元寇合戦記

 

鎌倉時代(かまくらじだい)は、従来の政治の中心だった貴族たちに代わって、武士が政治を行った時代です。

最初に武家政権を打ち立てたのは鎌倉幕府初代将軍の源頼朝(みなもとのよりとも)でした。

頼朝の前、20年ほど平清盛(たいらのきよもり)が中央政権で力を持っていた時代を平氏政権ということもあります。

しかし、実際にきちんとした仕組みができて地方制度が整ったのは、

頼朝が開いた鎌倉幕府が初めてであり、鎌倉幕府こそが日本で初めての武家政権である、

ということができるのです。

 

鎌倉時代初期は政治や文化の中心は依然として京都にありましたが、

時代が進むにつれて、鎌倉を中心に武士たちの力は強まっていき、御成敗式目(ごせいばいしきもく)が制定されてからは、

武士たちの慣習や道徳が明文化され、さらに支配力は強大になったのです。

今回は武士の時代の始まりである鎌倉時代の特徴を解説します。

 

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執権政治

京都御所

鎌倉幕府3代将軍である源実朝(みなもとのさねとも)が暗殺されると、

初代将軍頼朝の直系の血筋は途絶えてしまいました。

そのような中で政治の実権を握ったのは、北条氏(ほうじょうし)だったのです。

後に頼朝の妻となる、北条政子(ほうじょうまさこ)の父、北条時政(ほうじょうときまさ)は1代で権力を築いたにも関わらず、

前半の人生は謎に包まれているという異色の人物でした。

この時政から始まり、北条氏は鎌倉幕府の中で強大な権力を持ち、政治を動かしていくのです。

 


 

元寇 〜元の侵略から日本を守った8代執権北条時宗〜

北条時宗 Wikipedia

(画像:北条時宗Wikipedia)

 

鎌倉時代、モンゴル帝国が日本を侵略に来るという異例の事態、元寇が起こったとき、

幕府の御家人たちをまとめ、中心で指揮をしていたのは将軍ではなく、

このときの執権(しっけん)であった北条時宗(ほうじょうときむね)でした。

時宗は仏教を深く信仰し、冷静な判断で元軍の侵略を防ぎました。

しかし、元寇以前にも北条氏の内輪揉(うちわも)めである二月騒動や、

朝廷でも幕府を巻き込んだ皇太子問題など、様々な問題が起こり、時宗の頭を悩ませていたのです。

苦労の多い人生であった時宗は、2回目の元寇である弘安(こうあん)の役で勝利した後、

わずか3年後に満32歳という若さで亡くなってしまいます。

権力者でありながら、側室を持たず、幕府のために奔走した人生でした。

 

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力強く堅実な武家文化

 

鎌倉時代の特徴のひとつとして、力強く堅実な武家文化が挙げられます。

それまでの雅な平安時代の貴族文化とは打って変わって、

鎌倉時代は武士たちによる質実剛健(しつじつごうけん)な文化が発展していきました。

鎌倉時代に作られた金剛力士(こんごうりきし)像や東大寺南大門(とうだいじなんだいもん)からは、

鎌倉文化の飾り気のない力強さを感じることができます。

 

また、京都では急速に力をつけていく武士たちによって作られる文化に対抗するように、

貴族たちが優れた和歌を数多く作り、和歌集を編纂(へんさん)するなど、

平安時代の流れを継いだ文化を形成していきました。

中には3代将軍源実朝のように、貴族文化の影響を受け、

教養として和歌を詠む武士もいたのでした。


  

 

 

宋(中国)の影響

宋(中国)の影響

 

鎌倉時代、1254年に幕府が制限するまでは、

日本と中国の宋朝、そして朝鮮半島の高麗(こうらい)を含めた3国間での貿易が盛んに行われていました。

この貿易は、日宋貿易といいます。

日宋貿易を始めたのは平清盛でしたが、鎌倉時代になっても自由貿易という形で行われました。

日本からは金や銅、硫黄(いおう)、そして日本刀などが輸出され、

宋からは宋銭や美術品、仏教の経典などが輸入されました。

 

この貿易で入ってきた経典によって、鎌倉時代の仏教は大きく影響を受けたのでした。

臨済宗(りんざいしゅう)を伝えた栄西(えいさい)は、1168年と1187年の2度に渡って宋へ行き、

仏教を学び、新しい教えを日本に伝えました。

 

また、宋から輸入された宋銭は、貨幣として日本で広く流通するようになりました。

そのため、鎌倉時代の遺跡を発掘すると大量の宋銭が発見されることがあるのです。

鎌倉時代は、権力が貴族から武士へと移っていく大きな変化を迎えた時代でした。

そのような中で、幕府は執権政治によって全国の武士たちをまとめ、

外国との関わりを持ち、良いところは取り入れるなど、様々な工夫をしていたのでした。

 

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