みなさんは劉備の義弟・張飛にどのようなイメージを持たれていますか。
多分暴れん坊で怒ると手がつけられない。
もしくは酒癖が悪く酔っ払っても手がつけられないイメージを持たれていると思われますが、そんなことはありません。
実は張飛、意外と頭を使って人を見極める心理作戦もできるすごい人なんです。
今回は張飛の暴れん坊なイメージを払拭させるエピソードを紹介したいと思います。
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益州攻略戦に参加した張飛
張飛は劉備が益州攻略戦を始めた時、関羽や孔明達と共に劉備がいない荊州の守りにつくことになります。
劉備の益州攻略戦は順調に進んでいきますが、劉璋の居城成都を陥落させることができず手詰まってしまいます。
そのため劉備は荊州に残していた張飛や孔明らを益州へ向かうように要請を出します。
張飛や孔明は劉備の要請を受けてすぐに軍勢を率いて益州へ向かう事になります。
厳顔を生け捕りにする
張飛は孔明達と別れ、益州に残っている劉璋の勢力を各地で打ち破って進んでいくことになります。
張飛は益州の巴郡太守・厳顔がこもる城を攻略し、太守である厳顔を生け捕りに。
張飛は厳顔が降伏することなくしっかりと自らの城を守り抜いた節度に感心し、厳顔を降伏させようと考えていましたが
本当に厳顔が人物なのかわからない為、厳顔の本心を見るために心理作戦を行い、彼が役に立つ人物なのか見極めることにします。
張飛の心理作戦その1:わざと怒らせる
張飛は厳顔を連れてこさせると
「じいさん。どうして大軍が来ているのに降伏しないで、戦いを継続したんだ!!」
と怒りを全身にみなぎらせながら厳顔へ問いただします。
しかしこれは張飛の演技なので、本当に怒っているわけではありません。
厳顔は張飛の問いかけに対して
「あんたたちは無礼にも私達の州へ侵略をして来た。
私達の州では降伏する将軍はいない。代わりに首を切られる将軍がたくさんいるのだ!!」
と張飛の問いかけに答えるのでした。
張飛は再び激怒しながら側近へ
「とっととそのジジイの首を切り落としてこい!!」
と命令を出すのでした。
張飛が敢えてキレながら厳顔に接したのはどうしてなのでしょうか。
それは厳顔が臆病な人なのか。
それとも度胸と気骨があったのか。
張飛はこの二つを見極める事ができると考えていたからこそ、
厳顔へこのような演技をしたと言えるのではないのでしょうか。
さて張飛の心理作戦はどうなったのでしょうか。
顔色一つ変えずに処刑場へ
厳顔は張飛に激怒されながら兵士に引っ張られて処刑所へ向かうことになります。
この時厳顔は張飛へ
「俺はもう死ぬのだ。どうしてそんなに怒る必要があるのだ」
と顔色一つ変えずに言ったそうです。
張飛は厳顔が処刑場へ連れて行かれることになっても、
顔色一つ変えずにいることに気づきすぐに彼を引き止めます。
そして張飛は厳顔の体を縛っている縄を解いて、賓客として扱ったそうです。
どうして張飛は厳顔を捕虜から賓客へ扱いを変えたのか。
それは厳顔が死ぬ間際になっても己の言葉を変えず、
信念をもっていた事や顔色一つ変えずに処刑場へ向かっている所を見て
彼に度胸と気骨があったと感じたからだと考える事ができるのではないのでしょうか。
三国志ライター黒田レンのひとりごと
厳顔の人柄を見極めるために張飛が考えた心理作戦は見事であったと思います。
戦場でアドレナリンが分泌され、興奮しがちな特殊な状況で、これだけ冷静に物事を考えながら人を扱うことができる張飛。
彼はもう虎髭を震わせて蛇矛を振り回している暴れ者、酒癖の悪いイメージが強い人物ではないと言えるのではないのでしょうか。
皆様は張飛が心理作戦もできる人物だとは思いませんか。
【参考文献】 正史三国志蜀書等
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