もしも、合肥の戦いで張遼が孫権を討ち取っていたら三国志はどうなる?

2019年4月22日


 

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藏覇と孫権

 

 

孫権(そんけん)は何度か討ち取られそうになったことがあります。例えば孫権(そんけん)孫策(そんさく)と一緒に異民族討伐戦(いみんぞくとうばつせん)へ出陣した際、異民族からの奇襲攻撃を受けて、討ち取られそうになります。

 

周泰(しゅうたい)

 

この時は周泰(しゅうたい
)
が命がけの奮闘(ふんとう)をしたおかげで、(そんけん)権の命が守れます。

 

合肥の戦いで痛い目にあった孫権

 

また合肥の戦い(がっぴのたたかい)でも張遼(ちょうりょう)に追い詰められて死にそうになりますが、もしこの合肥の戦い(がっぴのたたかい)で張遼に孫権が討ち取られていたらどうなっていたのでしょうか。

 

黒田レン

 

今回は「はじめての三国志」のライター黒田(くろだ)レンのお得意企画・もしもシリーズをやっていきたいと思います。

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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孫権死す!!

合肥の戦いの満寵と孫権

 

孫権(そんけん)赤壁の戦い(せきへきのたたかい)の後、軍勢を率いて合肥城(がっぴじょう)を攻略するべく出陣しますが、曹操軍(そうそうぐん)の援軍に邪魔されて攻略することができませんでした。その後、孫権は軍勢を整えて再び合肥城攻略へ出陣します。

 

張遼 カカロットーーーー!

 

孫権は合肥城を攻撃する前に張遼(ちょうりょう)率いる奇襲部隊の攻撃を受けて損害を出してしまいます。孫権は張遼軍の奇襲攻撃を受けてもへこまず、合肥攻略戦を継続していきますが、孫呉の兵士達が疫病(えきびょう)のせいでバタバタと亡くなった為、退却することにします。

 

張遼は孫権軍が退却することを知り、自ら軍勢を率いて出陣します。

 

愛馬に乗り敵を粉砕する張遼

 

張遼は退却する孫権軍に激しい追撃を行い、孫権の護衛をしていた凌統(りょうとう
)
らを討ち取り、孫権を殺害することに成功。孫権軍は孫権が討ち取られてしまった為、大混乱しながら退却していくのでした。

 

三国志ライター黒田レン

 

さて孫権を討ち取られた孫呉政権はいったいどうなのでしょうか。黒田レンは二つのパターンを考えてみました。

 

 

 

一つ目のパターン:孫呉政権が分裂

呉征伐で活躍し、魏の重臣になる王昶(おうちょう)

 

レンが考えた一つ目のパターンは孫権が討ち取られた事で孫呉政権(そんごせいけん)が分裂するはずたと思います。どうして孫呉政権は分裂することになるのか紹介したいと思います。

 

孫呉(孫権・黄蓋・陸孫・周瑜・周泰) 

 

孫呉(そんご)名士めいし)と呼ばれる人々と江東(えとう)にいた豪族層(ごうぞくそう
)
の連合政権でした。孫権はこの豪族連合のトップとして君臨(くんりん)し、孫呉の名士層と豪族層をまとめ、江東に政権を打ち立てることに成功。

 

 

しかし孫権が張遼に討ち取られてしまった事で、連合政権のトップがいなくなり、名士層と豪族層が対立し、孫呉政権内部で抗争が起き、分裂することなったと思います。

 

呉の孫権

 

孫呉政権は孫権を中心にまとまってたからこそ、強大な()と戦うことが出来ましたが、孫権死後内部分裂している状態で孫呉政権へ攻め込んできた()にかなうはずがありません。

 

呉軍を撃退する曹真

 

上記の事から孫呉は名士層と豪族層が分裂し、内部抗争によって()に滅ぼされたと思います。

では次のパターンを紹介したいと思います。

 

呉の武将

 

 

二つ目のパターン:新しい君主を立てて政権を維持

呉の孫権

 

一つ目のパターンは、孫権が亡くなった事で、孫呉の政権内で名士層と豪族層が抗争を起こし内部分裂し、魏の攻撃によって滅亡するのではないかと紹介しました。では二つ目のパターンは一体なんでしょうか。

 

孫権に仕える陸瑁(りくぼう)

 

それは孫権の後継者を立てて政権を維持するものです。孫権死後、江東政権は名士層と豪族層が協力して、孫権の跡継ぎを立てて政権を維持しようと考えたのではないのでしょうか。

 

孫権の跡継ぎ9歳の孫亮

 

孫権の息子・孫登(そんとう)は、第二次合肥攻略戦で孫権が討ち取られた時6歳だったため、彼を跡継ぎに立てるのは幼かったことからリーダーシップを取ることができず、頼りなかったため無理があると思います。

 

孫権に初代丞相として任命される孫卲(そんしょう)

 

そのため孫権の息子を跡継ぎに立てるのではなく、孫策の息子もしくは孫権の弟を跡継ぎに立てたと思われます。そして江東政権は孫権の跡継ぎを擁立して、孫権死後政権を維持しつつ、孫権を討ち取った魏と戦い続けることになったのではないのでしょうか。

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

今回は孫権(そんけん)が合肥の戦いで張遼(ちょうりょう)に討ち取られてしまったらと言う事について考えてみました。

 

 

■参考 正史三国志孫権伝など

 

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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