魏・呉・蜀の三国が天下覇道をかけてしのぎを削り合ったのが、有名な三国時代。
ですがこの時代においては、メインとなったこの三国以外にも、辺境の異民族や武装集団が、しばしば現れ、天下取りの脇役として重要な役割を担っていたことをご存じでしょうか?
そうした辺境勢力の中でも、三国志ファンにとりわけ有名なのが、孟獲(もうかく)がひきいる南方勢力です。たとえ「孟獲」と言われてすぐにピンとこなくても、『三国志演義』およびそれを基にしたアニメや小説で、象を操ったり、妖術みたいなものを使ってきたりする、謎の「南方の軍勢」が諸葛亮孔明の前に現れるエピソードは、覚えているのでは?
そうです、孟獲とは、蜀に対して南から何度も挑んだものの、諸葛亮に七度、捕らえられては寛大に釈放されたことで、最後には諸葛亮に心腹した、あの人物です。もちろん象軍団やら妖術やらは、後世の創作ですが、諸葛亮が魏との決戦の前に、後顧の憂いを絶つために南方勢力に対する軍事行動を起こしたことは史実のようです。
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蜀の南征という選択は、本当に最善だったのか?
ですがここで、あえて意地悪な見方をしてみましょう。諸葛亮の南征は、本当に最善の戦略だったのでしょうか。なるほど、結果としては南方勢力を屈服させ、蜀に対する反乱のリスクを軽減させました。しかしこの南征は以下のようなリスクを抱えていました。
・諸葛亮自身が長期間、成都を留守にする
・蜀の貴重な兵力と物資を消耗する
・いくらリーダーの孟獲を心服させたとはいえ、壊滅させたわけではないので、戦後も南方への警戒のために兵力の一部を割き続けることになる
・本来のライバルである魏と呉に対しては、南征は何のダメージも与えられない
結果として成功したからよかったとは言えますが、これだけ準備しても結局、そののち、諸葛亮は魏を攻め切れませんでした。それならば!
今回は、空想の翼を広げて、思い切ったイフ展開を考えてみましょう。諸葛亮が、南征をせず、本来の目標である魏や呉との戦いを有利にするために、むしろ孟獲を利用する戦略はなかったのでしょうか?はっきり言えば、孟獲に、魏や呉を襲撃させることはできなかったのでしょうか?
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南方勢力、蜀を通り越していきなり荊州を奇襲!
もちろん、これはあくまでイフシナリオの空想です。現実的には孟獲が中国本土に乱入し、魏や呉と対決するのは難しいでしょう。ですが「あえて」空想をたくましくすると、唯一、可能そうなターゲットがあります。荊州です!
ただし、これは、蜀と孟獲との同盟が必須です。たとえば、こんなイフシナリオはどうでしょう?
蜀の武将たちが、「魏との北伐の準備として、南方の孟獲と戦いましょう」と提言をしてきたとき、諸葛亮が、やおらハタと扇を振り、「いや待て!私にもっと良い考えがある!」と遠大な戦略を閃きます。
それは、孟獲に使者を送り、呉によって奪われていた荊州について、「あそこはもともと蜀の土地だったが、呉の孫権という者が居座って困っている。蜀としては、領内の通行権と、兵糧の援助を約束するから、孟獲殿、ぜひ荊州をお取りなさい。そうすればあなたも立派に、魏呉蜀に続き、皇帝を名乗れるでしょう」と吹き込むのです。
「オレが皇帝に?!」その可能性に心を躍らせた孟獲は、夫人を伴って、大軍勢で蜀の領内を通過し、荊州遠征を開始します。
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祝融夫人やら象やらがまさかの孫権軍に襲い掛かる!
実は、孟獲の勢力圏は、現代でいう雲南省付近。蜀を通行さえできれば、荊州への乱入は、不可能ともいえません。
そして、呉の孫権にとっては、魏や蜀への警戒はしていても、南方の異民族の乱入はまさに想定外!突然、山岳地帯から現れた孟獲の大軍!
しかも、象やら妖術やら、祝融夫人という勇ましいご婦人やらがご同行!まったく想定外の敵の陣容に、孫権軍はうろたえることでしょう。
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魏VS呉VS孟獲で、蜀はホクホクの漁夫の利!
この諸葛亮の戦略は、かなり深いものです。というのは、荊州は史実でも、魏呉蜀の三か国が、しばしば争奪戦を繰り広げた激戦地。三国それぞれにとって、手に入れておきたい要衝だったのです。ここに孟獲軍が乱入し、荊州の南部に拠点を設けてしまったら?
とうぜん、呉は荊州平定のために必死に大軍を投入します。いっぽう、魏も、この混乱に乗じて荊州に遠征軍を送り込んでくるでしょう。そして荊州は、魏と呉と孟獲が入り乱れる、大混戦に!
その間、諸葛亮はじっくりと、蜀の内政と軍備拡張に専念できるのです。
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まとめ:このシナリオなら孔明の北伐も有利に?
荊州がこのように大荒れとなり、魏も呉も、荊州方面に大軍を繰り出して消耗してくれれば、チャンスをうかがっていた諸葛亮はいよいよ、軍を率いて北伐を開始、魏に二正面作戦を強制することになります。これならば、史実よりも、後の北伐の成功率は上がるでしょう。南方の異民族をあえて中国本土に招き入れることで、まんまと漁夫の利を得る諸葛亮、なんという深謀遠慮でしょう!?
ただし、このシナリオでは、ほぼ確実に孟獲は滅亡してしまいます。いかに珍しい軍勢を率いていたとしても、魏の司馬懿や、呉の陸遜を相手に、長期にわたりあえるはずもありません。諸葛亮のおとりに使われた孟獲は、荊州の山地に追い詰められ、すべてが罠だったことを知り、諸葛亮への呪いの言葉をつぶやきながら力尽きることでしょう。
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三国志ライターYASHIROの独り言
さて、そんな諸葛亮と孟獲の関係は、いかがでしょう?嫌でしょうか?たしかに、私も、だんだん嫌になってきました・・・。やはり諸葛亮と孟獲は「七度捕まえて七度生かす」、有名な「七縱七擒」の美談でまとめてほしいものです。
私はそのように感じましたが、孟獲を利用しつくす深謀遠慮の諸葛亮と、寛大な心で孟獲の心を溶かした諸葛亮、どちらが皆さんのイメージに、あいますでしょうか?
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