諸葛亮が発明した運送器具「木牛」と「流馬」の目的とは?


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孔明と司馬懿

 

「死せる孔明(こうめい)。生ける仲達(ちゅうたつ)を走らす」で有名な諸葛亮(しょかつりょう)

 

孔明

 

諸葛亮は(しょく)の軍事権を行使して、()を討伐しようと何度も北伐(ほくばつ)を行い魏の領土へ攻撃を行いますが、中々うまくいきませんでした。

 

孔明

 

そこで諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)はあるものを発明します。それは運送器具です。

今回は諸葛亮孔明が発明した運送器具(うんそうきぐ)の目的について紹介したいと思います。

 

自称・皇帝
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関連記事:李恢ってどんな人?北伐を物資面で支えた南中統治のスペシャリスト

関連記事:実はガラクタ疑惑も諸葛亮が発明した木牛流馬とは?

 


 

北伐に失敗し続ける諸葛亮

劉禅と孔明

 

諸葛亮は劉備(りゅうび)の死後、二代目皇帝・劉禅(りゅうぜん)政権下で丞相(じょうしょう
)
として国政と軍事権のトップとして就任。

 

馬謖の失敗に嘆く孔明

 

諸葛亮は南蛮(なんばん)制圧後、北方の大国・魏を討伐するため、軍勢を率いて北進しますが、馬謖(ばしょく)の失敗により敗北してしまいます。

 

北伐する孔明

 

その後諸葛亮は再度魏を討伐するために北伐を行いますが、この戦いも諸葛亮率いる蜀軍の敗北に終わってしまいます。二度目の北伐の敗北原因の一つは、蜀軍が本国から持ってきていた食料の不足が敗因でした。

 


 

食糧不足の解決方法に悩む

棗祇(そうし)食料・兵糧担当

 

諸葛亮は魏軍に敗北している原因の一つに蜀軍の食糧不足が原因であることを突き止めます。

 

兵糧を運ぶ兵士

 

でもこの原因の解決方法って食料を蜀の本国からいっぱい持ってくれば、魏軍に勝つことも簡単じゃないと考えた「はじめての三国志」の読者の方も多いと思います。

しかし蜀の本国から食料を輸送するのはとてつもなく難しいのです。

 

祁山、街亭

 

三国志よりも後世の(とう)の時代に「詩仙(しせん)」と呼ばれた李白(りはく
)
は「蜀道の難は、青天に上るよりも難し(蜀の道はとてつもなく険しく、晴れている空に昇るよりも難しい)」と詩を歌っています。李白が生きていた唐の時代ですら晴天に上るよりも蜀の道が厳しいと表現するほどですから、三国時代ではとてつもない悪路だったことが予想されます。

 

孔明と司馬懿

 

諸葛亮はこの蜀から魏の領土へ向かう悪路(あくろ)を使って食料をいっぱい輸送するためにはどうすればいいのか。諸葛亮は「ああでもない。こうでもない」と悩みに悩んである物をひらめきます。

 

【蜀のマイナー武将列伝】
蜀のマイナー武将列伝


 

諸葛亮が発明した「木牛」と「流馬」

木牛流馬

 

諸葛亮は食料をいっぱい運送できる器具を発明。諸葛亮が発明した器具の名前は「木牛(もくぎゅう)」と「流馬」です。諸葛亮集によれば「木牛」は一脚に4つの足があったそうです。ついでに脚は車輪の事で、足は支えの事を指しているそうです。

 

木牛流馬を使用する蜀兵士

 

「流馬」に関してはほとんど記載がなく謎のままとなっています。しかし「木牛」と「流馬」は一年分使用する食料を積んで20里引っ張っても、人がほとんど疲労することなく食料を運べる便利な運送器具だったそうでした。そして諸葛亮はこの「木牛」と「流馬」を大量に製造し、第三次北伐戦に臨むことになります。


  

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

諸葛亮は「木牛」と「流馬」を製造し、第三次北伐戦が行われた際、軍勢が消費する食料を大量に運送して活躍。しかし第三次北伐戦は再び食糧不足に陥ってしまい敗北してしまうのでした。

 

孔明 悲しい表情

 

どうして諸葛亮は第三次北伐戦に敗北したのか。その理由をちょこっと紹介して終わりにしたいと思います。諸葛亮は「木牛」と「流馬」で大量の食糧輸送方法を確立したのにどうして食糧不足で敗北したのか。それは蜀の本国から食料を輸送する任務を担当していた人物が問題を起こしたからです。

 

第三次北伐戦における食糧輸送の担当者は李厳という人物でした。李厳は蜀にまだまだ食料がいっぱいあったにも関わらず、諸葛亮へ「蜀の食料が不足しているから、撤退していただきたい」と手紙を送ります。諸葛亮は食料の輸送が滞っているの理由が李厳の手紙で明らかになったため、軍勢を撤退させます。

 

兵糧庫の中を一杯にした任峻

 

諸葛亮は蜀へ帰るとまだまだいっぱい食料がある事を知り、激怒。諸葛亮は李厳を呼びつけて彼の爵位を全て没収して平民にした後、成都を追放する厳しい処罰を行ったそうです。

 

怒る孔明

 

せっかく食糧輸送の問題を解決したにもかかわらず、再び部下が足を引っ張って敗北してしまった諸葛亮。もし李厳が足を引っ張らなければ、第三次北伐戦で魏の西部の領土を大きく奪うことに成功していたかもしれません。もし成功していれば、「木牛」と「流馬」は歴史に詳しく記されてもおかしくない三国時代最大の発明品となっていたかもしれませんね。

 

■参考文献 岩波新書 諸葛孔明など

 

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関連記事:【将苑】諸葛亮の兵法-勝つ組織と負ける組織の違いとは

 

北伐の真実に迫る

北伐

 

【動画】諸葛亮の北伐が許されて諸葛恪の北伐が許されなかった理由

 

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