キングダム599話雑学「趙が滅んだ原因は悼襄王ではなく父の孝成王のせい?」


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大人気春秋戦国時代漫画キングダム、漫画のストーリーにおいて趙の名将李牧(りぼく)は、王翦(おうせん)楊端和(ようたんわ)と互角に戦いますが、

やがて佞臣郭開(ねいしんかくかい)により讒言(ざんげん)されて誅殺(ちゅうさつ)され趙は滅んだとされます。

これだとすべての元凶は郭開のようですが、史実では、趙の没落と滅亡の遠因を造ったのは孝成王(こうせいおう)でした。

孝成王は今の趙のオフ王の父ですが、彼の度重なる外交の失敗が趙を滅ぼしたというのです。

 

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キングダム599話雑学、趙を滅ぼしたのは孝成王!蘇轍「古史」

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趙が滅びる原因を造ったのは、趙の孝成王の大失敗のせいであるというのは別にkawausoの持論ではなく北宋時代の文人官僚の蘇轍(そてつ)の意見です。

彼は著書「古史」において趙の滅亡の原因を以下のように書いています。

 

趙は戦国において強かった、計略の失敗がなければ滅びたりはしなかっただろう。

当時の孝成王が上党の利益をむさぼろうとして趙豹(ちょうひょう)に聞かず、

平原君(趙勝(ちょうしょう))を支持して秦の怒りを買ったこれが第一の失策である。

廉頗(れんぱ)をして秦を長平に防がせていたが秦の宣伝に騙され廉頗と趙括(ちょうかつ)を替えた、これが第二の失策である。

長平の戦いで大敗して秦に邯鄲を包囲されると、虞卿(ぐけい)は宝物を楚と魏に与えて援軍を請おうとするが王はこれを退け、

趙豹を信じて鄭朱(ていしゅ)を秦にいれて和睦を請い、これで楚と魏は援軍を趙に送らなかった、これが第三の失策だ。

こうしてみると、秦が強くて趙を破っただけではなく、趙の孝成王が滅亡を引き寄せたのだ。

 

蘇轍は趙の滅亡は戦争の大敗が理由ではなく外交上の3つの失敗が影響し、その全てに孝成王がかかわっている事から孝成王を無能な人と評したのです。

それは本当なのか?3つの大失策について以下解説します。

 


 

キングダム599話雑学「無能な三代目の典型、ボンクラ孝成王」

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趙が強くなったのは胡服騎射(こふくきしゃ)で有名な趙の武霊王の時代です。

騎馬民族が興した中山国を滅ぼして、領地を拡大した武霊王ですが、外交にもぬかりはなく樓緩(ろうかん)を秦へ、仇液(きゅうてき)を韓へ、

王賁(おうほん)(秦の王賁とは別人)を楚へ、富丁(ふてい)を魏へ、趙爵(ちょうしゃく)を斉へ派遣して強くなった趙をPRするのに余念がありませんでした。

 

武霊王が非業の死を遂げた後を継いだ恵文王(けいぶんおう)は、秦に押されっぱなしでしたが、豪胆な藺相如(りんそうじょ)と将軍廉頗(れんぱ)を巧みに使う事で、

秦の攻勢を防ぎ、五カ国も趙を恐れました。

ところが、それが孝成王の時代になると一気におかしくなっていきます。

 

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キングダム599話雑学 孝成王欲に目が眩み長平の戦いの原因を造る

 

紀元前263年、韓は秦に攻められて領地を奪われ、上党(じょうとう)が分断されて孤立しました。

そこで、上党は秦に吸収されるくらいなら趙に帰属したいと打診してきたのです。

これに対し、孝成王の弟の平陽君は「上党を受け入れると秦が怒り攻め込んできます」と諫言(かんげん)します。

逆に叔父の平原君は、「タダで領地が増えるのだから結構な事です」と賛成しました。

欲に目が眩んだ孝成王は平原君の意見を採用し上党を趙に編入、案の定、激怒した秦は紀元前262年に名将王齕(おうこつ)(王騎のモデル)に趙を攻略させます。

これが史上有名な長平の戦いに繋がるのです。


  

 

 

キングダム599話雑学、孝成王秦に騙され廉頗と趙括を入れ替え45万の将兵を失う

春秋戦国時代の白起、デビュー戦から大殺戮

 

上党の人々は秦に攻められると趙の領地に向かって逃げ込みました。

趙が上党の人々を保護した事で、王齕はそのまま趙に侵攻し長平では都合3回にわたり秦と趙の間で激戦が繰り広げられます。

趙は兵数は多いものの3度とも秦に敗北しました。

そこで、趙の総大将廉頗は方針転換、食糧を長平城に運び込んで籠城し持久戦に切り替え、遠征してやってくる秦軍の疲れを待ちます。

これにより包囲は二年に及び、秦軍は疲労し廉頗の目論見は的中するかに見えました。

 

ところが、ここで名将白起(はくき)「臆病者の廉頗よりも積極的な趙括(ちょうかつ)の方が手ごわい」とする流言をスパイを使って趙国全土で流し、

これを真に受けた孝成王は廉頗を解任し趙括を総大将にしてしまうのです。

この趙括は三国志でいう所の馬謖(ばしょく)のような机上の秀才で秦の白起の計略に翻弄され続け45万人という大軍を失う大敗を喫した上に戦死しました。

またしても戦況を読み損ねた孝成王の大失敗です。

 

キングダム599話雑学、知将虞卿のアドバイスを無視し邯鄲を包囲される大失態を犯す

 

正規軍45万人を失った趙は秦のさらなる侵攻に怯え、将軍の楼昌(ろうしょう)や平陽君が秦との和睦を主張します。

しかし、その中で趙の家臣だった虞卿(ぐけい)という人物が

「楚と魏に近づいて見せかけの合従を組んでから和睦交渉に持ち込むべし」と提案しました。

ところが孝成王は虞卿の考えを退けて平陽君の意見を採用しました。

虞卿は無念だったのか

「趙から和睦の使者を送れば秦の宰相は盛大に歓迎して、さも趙と秦の和睦が成ったかのようにPRするでしょう

そうして、魏と楚が趙との合従を諦めた頃に邯鄲に侵攻するでしょうな」と予言します。

虞卿の予言は的中し、秦は魏と楚が合従軍を諦めた頃に軍を起こして趙の都、邯鄲を包囲しました。

包囲は二年続き、趙の弱体化は天下に(あら)わになったのです。

 

包囲そのものは趙の平原君や、魏の信陵君(しんりょうくん)、そして楚の春申君(しゅんしんくん)の尽力でなんとか解除できたのですが、

もはやかつての強国趙の往年の姿はそこには残っていませんでした。

 

キングダム(春秋戦国時代)ライターkawausoの独り言

 

孝成王は失地挽回が出来ないままに紀元前245年に崩御します。

後を継いで息子の悼襄王(とうじょうおう)が即位しますが、廉頗と将軍楽乗(がくじょう)を交代しようとして廉頗に不満を持たれ廉頗は魏に出奔します。

 

その後、悼襄王は廉頗を追いやった事を後悔し、呼び戻そうとしますが佞臣郭開の妨害で失敗しました。

しかし、その後は将軍龐煖(ほうけん)を登用したり、辺境の雁門の守備長官の李牧(りぼく)を登用して総大将にしたり、なかなか人材登用に熱心な様子を見せ

キングダムの美少年集団と一緒に風呂に入ってウハウハという現代の価値観では色々引っ掛かりそうなオフ王ぶりとは違います。

 

孝成王には、無駄遣いだとか色狂いだとか分かりやすい暗君逸話はないですが、国家の命運を賭けた判断を三回も読み間違えたのは、

さすがに暗君認定で異論はないのではないかと思います。

国が傾くと、どこにでも出現する郭開のような佞臣よりも孝成王の方が、ずーっと趙の滅亡に貢献しています。

 

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