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姜維が永安城に入城すれば蜀の復興も可能だった?

蜀の姜維


北伐したくてたまらない姜維

 

北伐(ほくばつ)を推し進めたため、蜀の内部で孤立してしまった姜維(きょうい)。彼は魏軍が漢中へ押し寄せてくると剣閣へ籠り、魏軍と戦いを継続しますが、劉禅(りゅうぜん)が降伏し蜀が滅亡したため、姜維も魏軍へ降伏。

 

鍾会を説得する姜維

 

その後姜維は魏軍の総大将だった鍾会(しょうかい)を利用して、蜀の復興を図りますが、失敗し捕えられて殺害されてしまいます。姜維の蜀復興計画は史実では失敗に終わりますが、どうすれば蜀の復興が可能だったのか少し考えてみたいと思います。

 

自称・皇帝
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関連記事:姜維と鍾会はなんで手を組んだの?二人の思惑を考察

関連記事:姜維の評判はどうなの?正史注釈者や魏志春秋著者や正史著者から見た姜維

 


 

永安城へ逃げる

降参する姜維

 

姜維は劉禅(りゅうぜん)が降伏すると剣閣を攻撃していた魏の総大将・鍾会へ降伏します。もし姜維が鍾会へ降伏するのではなく、蜀軍を南下させて永安城へ入城すれば蜀の復興も可能だったのではないでしょうか。

 


 

永安城の利点

劉備の臨終に立ち会う孔明

 

劉備(りゅうび)夷陵の戦い(いりょうのたたかい)で逃亡した城として有名な白帝城。この白帝城劉備が夷陵戦いで敗北して逃亡した後、永安と名称を変更しています。さてこの永安城は荊州へ近く、蜀の盟友として知られる呉軍の領土と接していました。

 

大船団を率いて呉を攻める王濬(おうしゅん)

 

そのためこの永安城は呉から援軍を向かい入れることが可能な地で、この城の大きな利点と言えます。そして姜維は劉禅が魏へ降伏した後、剣閣の蜀軍を南下させて永安城へ入城できれば、呉へ使者を派遣して援軍を要請し、魏軍と戦いを継続出来たでしょう。

 

また二つの目の利点として防衛しやすい城だった事です。蜀滅亡後永安城主だった羅憲はこの地を数千の兵力で、数万から編制される呉軍の猛攻を半年以上も、耐え忍んでいます。このことから姜維が数万の兵力で入城すれば、魏軍の攻撃を数か月以上耐え忍べます。


 

蜀の復興は可能だった!?

姜維、孔明

 

上記で永安城の利点をいくつかお伝えしましたが、結局姜維が永安城へ入城したら、蜀を復興することが可能だったのでしょうか。レンの推測ですが、多分蜀を復興出来たかもしれません。だが姜維の蜀復興計画にはいくつか必須条件があります。

 

棗祇(そうし)食料・兵糧担当

 

一つ目に姜維が剣閣から永安城へ入城した後、大量の食料を永安城へ集める事です。

「腹が減っては戦が出来ぬ」の諺が示す通り、お腹が空いてしまえば、全力で戦闘できず力尽きてしまうからです。

 

羅憲

 

二つ目に呉の援軍を必ず引き連れてこられるような、外交能力に秀でた人材が必要です。この点は羅憲(らけん
)
が一度呉を訪れていますので、呉へ訴えて援軍を連れてくることが可能であるかもしれません。

 

そして三つ目ですが、永安城へ籠城している間、蜀の南部を統治していた霍弋と連絡を取り、永安城で戦闘が行われている間、魏軍へ攻撃してもらうように要請する事です。

 

司馬昭の質問に回答する劉禅

 

これら三つの条件を達成できれば、仮に劉禅が魏の首都・洛陽(らくよう)へ連れていかれて、蜀の皇帝として戻ってこなくても、劉禅の子供達を皇帝へ擁立すれば、蜀を復興できたと思いますが、皆様はどのように思いますか。


  

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

今回は姜維が永安城へ入城できれば、蜀を復興できるのかを考えてみました。上記で蜀復興に必要な必須条件三つを紹介しましたが、三つ目の条件である霍弋に援軍を出してもらうのは、困難が伴うかもしれません。

 

その理由は姜維が蜀の臣下達から孤立していたからです。姜維は毎年北伐をして、成果を出せませんでした。そのため姜維は張翼(ちょうよく
)
廖化(りょうか
)
達から、批判ばかり受けていました。

 

蜀霍弋(かくよく)

 

霍弋(かくよく
)
も姜維の無謀な北伐に悪感情を抱き、姜維の批判をして、嫌っていたかもしれません。もし霍弋が姜維に悪感情抱いていれば、協力してくれる可能性がかなり低下し、蜀の復興も実現不可能になるかもしれません。そのため霍弋を動かすのであれば、姜維自ら彼の元を訪れて説得することが必須条件になるかもしれません。

 

■参考文献 正史三国志蜀書など

 

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【孤高の忠臣・姜維の壮絶な人生】
姜維特集

 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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