【意外】張遼は三国一のカウンセラーだった!人の心を知る優しさを兼ね備えた英傑


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泣く子も張遼

 

強くなければ生きていけない。優しくなくては生きている資格がない。みたいな格言もあるように、真の英雄は無類の強さとそれ以上の優しさをもっているものです。魏の五虎将軍筆頭の張遼(ちょうりょう)も、そんな強さと優しさを兼ね備えていてカウンセラーとして活躍していた事が判明しました。

 

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曹操に頼まれ関羽の気持ちを聞き出す張遼

関羽が好きすぎる曹操

 

西暦200年、劉備(りゅうび)曹操(そうそう)暗殺計画に関与し、計画が露見(ろけん)する前に徐州に向かって刺史(しし)車冑(しゃちょう)を斬り自身は小沛(しょうはい)を支配、下邳(かひ)を関羽に守らせます。しかし、曹操の反応は早く、あっという間に切り返してきた曹操に敗れ、劉備は袁紹(えんしょう)を頼って逃走。関羽は逃げ遅れて曹操の捕虜になります。

 

関羽に惚れる曹操

 

以前から関羽をいいなーと思っていた曹操は、捕虜にした関羽に偏将軍(へんしょうぐん)の地位を与え贈り物をして優遇しました。しかし関羽はイマイチ浮かない顔をしている様子。

 

そこで、曹操は張遼に「ちょっと関羽にわしに仕える気があるかどうか本心を聞いてきてよ」と頼みました。そんな面倒な事をしないで自分で聞けばいいのにと思いますが、曹操、面と向かって振られるのが怖かった模様です。なんだかカワイイですね、(ひげ)づらのオヤジなのに張遼はそれを受けて、関羽に「殿はお主を正式に召し抱えたいと考えているが、お主の本心がわからないので躊躇しておられる。本心はどうなのじゃ」と聞きました。

 

関羽

 

すると関羽は「曹公が私を厚遇しているのは承知しているが、しかし私は劉玄徳(りゅうげんとく)に命を捧げ、共に死する誓いを立てた身なので、曹公にお仕えする事は出来ません。ただ、恩義は恩義なので、目をかけて頂いただけの手柄を立ててから去ります」と答えました。


カウンセラーとして関羽の身を気遣う張遼

張遼 カカロットーーーー!

 

三国志関羽伝が引く傅子(ふし)によると、関羽の衝撃告白を聞いた張遼は悩んだそうです。ありのままを報告すれば、曹操は自分に仕える気がない関羽を殺してしまうかも知れないと恐れたからです。

 

しかし張遼は、曹操は父に等しく関羽は兄弟に過ぎないと思い切り、ありのままを曹操に告げると曹操は、「主君に仕えて根本を忘れないとは天下の義士であっぱれである。で、関羽はいつ頃去ると思うか?」と答えたのです。

 

さすがは曹操、自分に仕えないからとチンケな理由で関羽を殺そう等というせせこましい根性は持ち合わせていません。

 

顔良を討ち取る関羽

 

張遼は「関羽は殿に恩義を感じており、必ず恩を返してから去るでしょう」と答えています。言葉通りに関羽は、白馬・延津(えんしん)の戦いで袁紹軍の将顔良(がんりょう)を斬り、恩義に報いて去っていますが、間に張遼が挟まらなければ、曹操は過剰(かじょう)な期待を寄せて関羽を無理に引き留めたかも知れません。張遼の見事なカウンセリングでした。

 

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(そむ)いた昌豨に単身で説得を申し出る張遼

昌豨

 

関羽のカウンセリングをしたのと同じ頃、張遼は劉備の離反に応じて東海で兵を挙げた昌豨(しょうき)夏侯淵(かこうえん)と攻めていました。しかし、昌豨は戦の天才であり戦果は上がらず、食料が尽きたので一度引き上げようとします。ところが、この時に張遼は夏侯淵に自分に昌豨を説得させてほしいと持ち掛けます。

愛馬に乗る張遼

 

「ここ数日、周囲を偵察していると昌豨はその度に私をガン見しています。しかし矢を射かけることは全く(まれ)で戦意が見えません。おそらく昌豨は戦う事に迷いがあり、だから戦闘で手を抜いているのです。どうか昌豨と語る機会を頂けないか?上手く降伏させられるかも知れません」

 

並みの将軍なら、「バカコケこの!ノコノコ昌豨に会いに行っても捕まって人質にされるのがオチだべ」と取り上げないものですが、そこは名将夏侯淵。

夏侯淵

 

「おし、分かっだ、では殿の命令と偽り使者を出し交渉のセッティングをするべ!」とあっさりオッケーを出してしまうのです。

 

昌豨をカウンセリングで完全説得

 

さて、偽物の使者が昌豨に内容を伝えると張遼の読み通りに昌豨は山を下りてきます。

ここで張遼が説くには

 

「曹公の武は神のようであり、名声は四方に轟き、人心は懐いている、君は劉備に踊らされ叛いてしまい後悔したのだろうが、今からでも遅くない付き従えば恩賞は思いのままだぞ」

kawausoと呂布と張遼

 

これを聞いた昌豨は降伏を決意、すると張遼は三公山に登って昌豨の家まで行きその妻子に挨拶しました。張遼の「君を完全に信頼しているよ」というアピールに歓喜した昌豨は、家族もろともに山を下りて、そのまま曹操に拝謁して帰順したのです。

 

しかし、自分の命令を偽造して、単身で昌豨を説得した張遼に対し曹操は怒ります。

 

「このような方法は大将のやる事ではない、もし失敗すればなんとする」すると張遼は謝罪しつつ、「殿の威信は四海に(あふ)れ、私は聖旨(せいし)を奉じて交渉に当たりました。ですから昌豨はきっと害を加えないと思っていたのです」と答えました。

 

決して行き当たりばったりではなく、確信を持って説得したのだという張遼の言い分に曹操は(うなず)く所があったのでしょう。特に罪を問うていません。関羽にしろ昌豨にしろ、どちらかと言うと敵側の人間の懐に入り、その心情を理解し見事なカウンセリング力で功績を挙げた張遼は、まさに強さだけではなく人の心を知る優しさを兼ね備えた英傑と言えるでしょう。


三国志ライターkawausoの独り言

 

張遼と言えば、強い武将の側面が大きいですが、史実ではそれ以上に情に厚い側面が見られます。特に、合肥の戦いで敵中に置き去りにされた魏兵が「将軍、私たちを見捨てるのですか」と泣きわめくと、張遼がとって返して救出した話は有名です。一将功なりて万骨(ばんこつ)()るが当たり前の戦場において、このように強く優しい態度を示し続けた英傑は、そう多くはないと思いますね。

 

参考文献:正史三国志 張遼伝 関羽伝

 

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