姜維の最大の功績は鄧艾・鍾会を破滅させたこと?蜀の最終章をギリギリで盛り上げてくれた彼に感謝


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羅貫中と関羽

 

中国の実際の歴史である三国時代を、後世の明の時代になってから、羅貫中(らかんちゅう)が物語として編集したものが、いわゆる『三国志演義』です。時には大胆な脚色を加えつつも、「おおむね実際の歴史の展開には合っている」というルールを守りながら、かつ大衆にも面白く受け入れられる小説に仕上げた手腕には感心してしまいます。

 

孔明と劉備、関羽、張飛

 

ですが、さしもの羅貫中も困ったと思われるのが、諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)が亡くなった後から三国時代の終わりに向けての展開。劉備(りゅうび)陣営を主人公に描いてきた物語なのに、この最終段階では劉備本人はおろか、関羽(かんう)張飛(ちょうひ)も諸葛亮も亡くなっています。

 

羅貫中

 

カリスマキャラクターが軒並み退場しているのに、蜀の滅亡まで時間軸はもう少し残っている。この最終局面の盛り上げを、いったいどのように描こうか?そう悩んだであろう羅貫中の脳裏に、光明として差し込んだと思われる名前があります。姜維伯約です!

 

自称・皇帝
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関連記事:姜維の逸話を読み解いてみる。意識高い系かそれとも悲劇のヒーロー?


「姜維がいてくれてよかった!」羅貫中の叫びが聞こえてきそうな「絶妙なポジション」

姜維、孔明

 

・実際の歴史を無視するわけにはいかない

・しかし物語の各段階においてヒーローが欲しい

 

そのような二重の制約条件を持っていた羅貫中にとって、姜維は最高のポジションに立っておりました。というのも姜維は『正史 三国志』のほうで既に以下のような扱いなのです!

 

・諸葛亮からその才能を大絶賛されていた新世代の期待の星であった

・本人も諸葛亮の遺志を継ぐことにこだわり、失敗を重ねながらも何度も魏へ攻め込んだ(姜維の北伐)

・しかし姜維の北伐は最後まで実りを生まず、むしろ蜀の諸将の中で孤立していくことになった

・蜀の滅亡時には、本人はまだ戦力をもっていたのに、肝心の劉禅が降伏してしまったために不完全燃焼のまま敗北した

 

蜀の姜維

 

蜀の栄光の時代を知っていながら、それを再現できずに終えてしまった悲劇の人物として、「蜀の衰亡」を体現しているようなポジションですよね。まるで羅貫中にいじられやすいように生きてくれたかのような、好都合の人物!


羅貫中の目線からすると、姜維の北伐は失敗続きであることがよかった?

孔明と姜維

 

当然、羅貫中も『三国志演義』の終盤はもっぱら姜維を軸に描くことを選択します。よって諸葛亮に智謀を愛され、武力でも旧世代の一騎打ち名人とやりやっても互角という万能キャラに!もっともそんな姜維について、三国志ファンの中からはこんな声が上がることもあります。

 

北伐したくてたまらない姜維

 

「諸葛亮の遺志にこだわったというとカッコいいけど、実際には姜維って大きな功績はないんじゃないの?むしろ正史を読むと、無理な北伐を繰り返して蜀を疲弊させた人物という解釈もできるけど」

 

確かにその後の歴史を知っている側からすると、「貝殻に閉じこもるように蜀の峻険な地理で防衛にこだわり、魏(および晋)の自滅を待っていたほうがよかったのでは?」というご意見もあるかもしれません。

 

しかし羅貫中の立場になってみると、姜維を「正義」と描くことで物語の構成は見事にまとまるのです。

「こんなにおいしいキャラクターはいない」と思ったことでしょう。

 

姜維

 

むしろ史実で、姜維が一度でも諸葛亮に匹敵する大功績をあげていたとしたら、それはそれで羅貫中は姜維の扱いに困ってしまっていたはずです。ところが史実の姜維は、ちゃんと「いつもあと一歩で届かない」というバランスの連敗を記録してくれています。

 

これによって「劉備存命中のゴールデンメンバーは二度と再現できないのだな」ということを読者にも納得させてくれるのです。それをどうしても認められず、優秀な部下をどれだけ失っても最後まで戦いをやめない、姜維。その「北伐へのこだわり」の激しさに、蜀ファンは好意的にならざるを得ないのではないでしょうか?


最大の功績は、鄧艾と鍾会を地獄の道連れにしたこと!

鄧艾と姜維

 

姜維が「蜀の滅亡の盛り上げ役」として素晴らしいポジションにいるのは、上記だけにとどまりません。蜀を滅ぼしたカタキである鄧艾と鍾会を間接的ながらも滅ぼしたのは、けっきょく姜維なのです!これは羅貫中の創作だけではなく、『正史』のほうにも明記されている展開です。

 

自分は天才肌だと勘違いする鍾会

 

・成都を占領した鍾会に接近し、「あんたは皇帝になれる器だ」というようなことをさんざん吹込み、無謀きわまる「鍾会の乱」を引き起こすようにけしかけたのは姜維

・その鍾会が、自分の邪魔になるとにらんで粛清したのが鄧艾

 

トウ艾が気に食わない鍾会

 

・鄧艾を殺したのは姜維ではないが、姜維の策謀が間接的に鄧艾の死につながったと解釈できる

・その鍾会は反乱に失敗して戦死するから、鍾会の死の責任も姜維にあると解釈できる

 

独立したくウズウズする鍾会

 

この鍾会の乱について、姜維はどこまで勝算があったのか、詳細はよくわかりません。ただ、名将の鄧艾と鍾会を二率も地獄の道連れにしたことで、「蜀の意地を見せた」功績は巨大ではないでしょうか。何よりも蜀の遺臣たちの留飲は下がったことでしょう!


まとめ:けっきょく諸葛亮に追いつけなかったところが、「姜維のよいところ」

殺害される姜維と鍾会

 

こうしてみると、はからずも「少年漫画における永遠の準ヒーロー役」のごとく、「最後まで諸葛亮にはなれない」ところがむしろ姜維の重要なアイデンティティであることがわかります。その姜維が鄧艾と鍾会を不幸に叩き込んだところは、『三国志演義』最後の盛り上がりの場面として、羅貫中の筆も軽やかです!

 

降参する姜維

 

『三国志演義』では、姜維のこのくだりがよりドラマチックに描かれています。蜀が降伏した時の姜維に、悲しむ部下たちに「みんな心配するな、俺に蜀を復興させる秘策が一つあるぞ」というセリフを言わせているのです。鍾会の乱の伏線となるセリフです。

 

三国志ライター YASHIROの独り言

三国志ライター YASHIRO

 

つまり「姜維は敗北した瞬間から、『鍾会をそそのかして魏軍に混乱をもたらそう』というプランを胸に秘め、それに最後のチャンスを賭けていた」という劇的な設定になっているのですね。この展開が後世の三国志ファンをこんなにも熱くさせてくれる以上、鍾会の乱を実現させたことこそ、姜維の生涯最大の功績と言えるのかもしれません。

 

関連記事:姜維の実力を他人はどのように見ていた?

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【孤高の忠臣・姜維の壮絶な人生】
姜維特集

 

 

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