キングダム休載SPvol3「李牧を誅殺に追い込んだのは自然災害」


 

亡くなる李牧

 

事実は小説より奇なりというのは、よくある事で史上有名な戦争の勝敗の理由が本当は意外な理由だった、、なーんて事はよくあります。キングダムでもそれはあり、例えば李牧(りぼく)誅殺(ちゅうさつ)されたのも、王翦(おうせん)に攻められたからではなく自然災害が引き金だったかも知れないのです。

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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キングダム休載SPvol3「秦は笑う・・趙で起きた大飢饉」

餓えた農民(水滸伝)

 

王翦が(ぎょう)を陥落させたのは、紀元前236年ですが、再度、王翦が羌瘣(きょうかい)楊端和(ようたんわ)と趙を攻めたのは紀元前229年で7年も後です。どうしてイケイケドンドンとはいかず、7年ものブランクがあるのか?実はこの理由は趙の歴史を綴った趙世家で明白です。

れは、この戦いの2年前に趙の北方を大地震が襲ったからです。

 

代の地で大地震。楽徐(がくじょ)の西から平陰(へいいん)の土地に至るまで、塀や家屋の全半壊多数。大地に565m以上も亀裂が走った。

翌年は大飢饉となる。民の俗謡(ぞくよう)(いわ)く、趙は泣き秦は笑う

史記趙世家

 

このように、紀元前231年には趙の北方で大地震が起き、住居も塀も全半壊。大地の亀裂は565m以上に及びその震災復興でろくに農作業も出来ず翌年には大凶作が起きています。

趙も秦も近くに太行(たいこう)山脈と秦嶺(しんれい)山脈という山脈を抱えていますが、山脈は大陸内のプレートがぶつかっている場所に出来るので、当然地震はあるのです。

 

この大飢饉で趙が追い込まれた隙を突き王翦が攻め込んだのは明白です。

汚いと言えば汚いですが、飢饉や王の死去時を狙うのは当時の常套手段でした。

 



キングダム休載SPvol3「どうして幽繆王は讒言に乗った?」

王翦

 

紀元前229年、王翦は羌瘣と共に太行山脈を越え井陘を陥落させます。これに慌てた趙は、李牧と司馬尚(しばしょう)を派遣してこれを食い止めました。

王翦は、李牧と司馬尚を抜く事が出来ずに、密かに邯鄲の郭開(かくかい)に賄賂を回して、李牧が謀反を企んでいると讒言(ざんげん)したので、王はこれを信じて李牧を更迭しようとし、李牧が従わないので刺客を放ってこれを殺し、司馬尚は降格させて庶民に落とし、趙葱(ちょうそう)と斉将顔聚(がんしゅ)がこれに代わったとされています。

 

余り言及されないですが、この時の秦の作戦は二正面作戦でした。

上郡から南下する王翦と羌瘣に対し、楊端和は河内から北上して邯鄲を包囲しています。

史記の秦始皇本紀には以下のようにあります。

 

端和、河内に将たり、羗瘣趙を伐つ。端和、邯鄲城を囲む。

 

はい、この通り、趙は北と南でサンドウィッチであり邯鄲は楊端和軍に包囲されています。

もしかすると、郭開に賄賂を出したのは城を包囲している端和様かも知れません。

この状況で若き幽繆王は恐怖心でパニクり、郭開の讒言に易々と乗ったのかも知れません。

 

キングダムネタバレ考察

 

キングダム休載SPvol3「食糧不足で軍を動かせない趙」

敗北し倒れている兵士達b(モブ)

 

もう一つ、この戦いでは、援軍として(せい)から顔聚という将軍が出向して李牧と王翦に取って変わっています。しかし斉から援軍を請わないと動けないとは不思議な感じです。

それというのも、李牧は鄴が陥落した後に、秦の攻撃を二回も跳ね返し、領土の回復にも成功しているのです。

 

春秋戦国時代の最末期に、一時的にでも秦を撃退したのは、李牧と項燕(こうえん)だけなのですが、どうして直前まで勝ち続けていた趙が突然に斉から援軍を求めたのか?

ここには、大飢饉(だいききん)から来る深刻な食糧不足で自軍をろくろく動かせない趙の内情があるのではないでしょうか?

 

また、李牧や司馬尚も、よく守ってはいますが、積極的に王翦や羌瘣を攻撃していません。趙王としては、早く王翦を片付けて邯鄲の包囲を解けと言いたいでしょうが、李牧や司馬尚も、食料不足で積極攻勢に出られずに、ずるずると対陣が伸びたとも考えられます。

 

そこで郭開が、

「李牧が積極的に王翦と事を構えないのは、秦に降る密約があるためです。

李牧は名将であり、秦には脅威、降ると言えば喜んで迎え入れるでしょう」

 

このように趙王に繰り返し吹き込み、いよいよ不安になったので李牧を殺し秦に降るのを阻止したつもりだったかも・・

 

キングダム休載SPvol3「諸悪の根源は飢饉」

敗北し倒れている兵士達a(モブ)

 

しかし、何が趙を滅亡に追い込んだのかと言えば、大地震と大飢饉でしょう。

農作物が豊かに獲れていれば、楊端和が邯鄲を包囲する前に打つ手があったでしょうし、李牧にしても、もっと積極的に攻勢に出て、王翦と羌瘣を撃破して引き返して楊端和を撃破して、邯鄲の包囲を解けたかも知れません。

が、、前年の大飢饉が全てを台無しにしました。

徴兵に応じられる農民は少なく、乏しい兵力で北の王翦に対峙した結果。南の守りは手薄になり簡単に楊端和の侵入を許し、ここで李牧が寝返れば趙は滅亡という重圧が幽繆王に郭開の讒言を信じさせたのです。

よりにもよって、このタイミングで大飢饉が起きてしまうとは、つくづく趙はツキに見放され秦はツキまくっていたのでしょう。

 

キングダム(春秋戦国時代)ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

歴史的大事件の背後に異常気象ありとは、よく知られている事ですが、趙の大地震も趙滅亡の決定的な原因になったのではないかとkawausoは考えます。もちろん、漫画としては秦の強さ補正を弱める為に、地震と大飢饉は触れないかもですが565mの亀裂が大地に入る地震は軽くはないと思います。

 

参考文献:史記

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kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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