こちらは2ページ目になります。1ページ目から読む場合は、以下の緑ボタンからお願いします。
この記事の目次
三国志演義では華雄に殺される祖茂
三国志演義の祖茂は、正史三国志でその後消えてしまうという伏線を最大限生かされます。正史と違い、演義の祖茂は華雄を奇襲しようとして返り討ちに遭い殺されるのです。
華雄の軍は、月明かりに赤頭巾を見つけ、四方から取り囲んだが、あえてちかづこうとはせず、矢を射かけるうち、はじめて計略と知ったから、そばにきて赤頭巾を取り上げた。
祖茂は林の奥から突出し、両刀を振るって華雄に斬りつけようとしたが、華雄は大喝して、祖茂を一刀に馬から切って落とした。
あらら、祖茂馬上で真っ二つになり、御臨終です。しかし、演義にはオマケがあり祖茂が殺された事を韓当や程普から聞かされた孫堅は、驚いて悲しんだと描かれているのです。この部分は正史にはなく、物語上殺してしまった祖茂への三国志演義の作者たちの思いやりでしょう。
三国志ライターkawausoの独り言
このようなワンポイントリリーフは、三国志演義には時々出て来ます。主に、一度出て来ただけで姿が消える人物をあてがっているようですね。
文:kawauso
参考文献:三国志演義
関連記事:華雄の最期とは?董卓軍の猛将はフェードアウトがあっさりすぎる?
関連記事:華雄って強い将軍?それとも雑魚将軍?華雄の強さを考察
祖茂(そも)・年表
所属:呉(ご)
姓名:祖茂(そも)
字:-
出身地:-
生没年:生没年不詳
関連年表:
190年:董卓討伐