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この記事の目次
先生のヒートアップ止まらず
その一方でめちゃくちゃ賈クを非難しているのが裴松之先生。
「こいつが戦乱の世に戻した!」
と最終的に郭嘉、程昱にまで飛び火させるヒートアップっぷり。とは言え荀彧、荀攸は知略だけでなく人格面も評価された人物であり、郭嘉や程昱は人格ではなくその神算知謀によって評価された面があるので、感情を抜きにして考えればこの意見はあながち間違ってはいないかな?と思いますね。
陸遜への非難も……?
そんな裴松之、実は賈ク以外でも非難している人物がいます。それが陸遜、そしてその子・陸抗です。
その陸遜への非難とは216年に陸遜が行った石陽での急襲作戦のこと。陸遜伝では「陸遜の急襲に動揺した敵の将は多くの民を殺害した。大勢の民が被害を受けた。陸遜は軍に乱暴を禁止し、捕虜も優しくねぎらい、自由な帰宅も許したので魏の官民からは呉に帰属する者も多く出た」とくくられている記述ですが、これに対して裴松之は「罪のない民衆を酷い目に遭わせた。このような悪行をするから孫の代が一族で絶えたのではないか」と厳しく非難しています。
石陽での作戦への皮肉
この作戦、そもそもは荊州への侵攻に失敗したので行われたことです。孫権まで出てきているのに成果が全くなかったでは格好がつかないために行われた攻撃ですが、結果として敵の民衆に被害を出しただけでどこも落とすことは出来ませんでした。
自分たちの攻撃で被害を受けた民衆を保護して良い話でまとめられて(陸遜伝なので…)いるので、裴松之は「鳥の巣を壊して雛を保護したようなもんでしょマッチポンプ乙(とても意訳)」と言った訳ですね。
こういう裴松之先生の皮肉めいたお言葉、注って感じがして筆者は好きですので、ぜひこれに関わらず正史三国志の注も見てみて下さいね。
三国志ライター センのひとりごと
やや評価に対する主観が強く、武将たちへの評価に情熱が強すぎる節も見受けられますが、裴松之の注は正史三国志をより面白くしてくれています。また裴松之は陳寿に対しての敬意もしっかりと読むことができ、歴史への愛情も感じられますね。繰り返しになりますが、ぜひ裴松之の注、まだ正史三国志を見たことがない方はぜひ読んでみて下さいね。
裴松之先生、と呼びたくなるような熱意が込められていますよ!
参考文献:魏書賈ク伝 郭嘉伝の主に注
呉書陸遜伝
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