あなたも必ず操られる!春秋戦国時代の凄腕ネゴシエーター縦横家




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李斯

 

春秋戦国時代の物語で一番圧巻で心を捕らえられるのは、智謀の士が弁舌で敵国の方針を変えてしまうシーンではないでしょうか?

 

武力を一切使わず、舌先三寸で敵の君主や重臣を説得して戦局を一変させるのはドラマチックでさえあります。しかし同時に話がうますぎて後世のつくり話じゃないの?とも疑ってしまいたくなります。本当に口先で国を動かす事なんて出来たのでしょうか?

 




人は簡単に操られる

司馬遷(しばせん)

 

春秋戦国時代なんて史記の脚色であり、話を面白くするために司馬遷(しばせん)が内容を盛ったのだ。

 

そんな風に思う人もいるかも知れませんが、春秋戦国時代の君主に限らず人間は社会的地位に関係なく頻繁に騙され心を動かされています。そんなバカなですって?では、有名な一例を紹介しましょう。

 

例えば、最近日本でもユニクロやGUが始め話題になっている古着のリサイクルは、一見するとタンスの肥やしになり廃棄処分される古着を途上国に寄付でき、人道上も環境保護にも貢献できる感じがします。

 

 

しかし、実際は大量に古着が集まるものの、現地のニーズに合うものが集まるとは限らず、折角集まった古着が廃棄処分されたり、廃棄処分される古着が現地の業者に安く払い下げられているケースも少なからずあり、安くて質が良い古着が出回ったせいで現地の繊維業者が次々倒産して失業者が出ています。

 

また、アメリカでは古着を回収する団体まであり、服がたまると回収に出し、新しい服を爆買いする消費者もいて、結果衣類の消費が増大し、環境に負荷をかける皮肉な結果も出ています。

 

曹操や許褚、荀彧の悪口を言う禰衡

 

古着のリサイクル事業は、服を寄付する事で消費者を善人にして、それを免罪符に衣服の大量消費を続けるという大量消費とエコという矛盾を見事に結び付けた計略なのです。さて、どうですか?この話を聞いても、私は人に操られてはいないと胸を張って言えるでしょうか?

 

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戦国策

 




 

人は安心を奪われた時に操られる

ショック死する司馬越

 

では、人はどんな時に心を動かされてしまうのでしょうか?

 

色々要因はありますが、それは突き詰めると安心を奪われた時です。人間は心の安定を得ている時が一番操られにくく、不安に囚われている時に心を操られる隙が生まれます。例えば、あなたの心配事を考えてみてください。

 

禰衡を叱る孔融

 

仮にあなたが無職だとすれば仕事がない事が大きな不安でしょう。そして、仕事がある人は仕事をいつまで続けられるか不安になりますし、仕事が順調でも独身の人は、このまま孤独に年老いる事が不安になります。

 

 

仕事が順調で彼氏や彼女がいても、このまま結婚していいのか?と不安になり結婚したら相手が浮気をしないか不安に囚われ、夫婦関係が円満でも子供が授からないとやはり不安になり、子どもが生まれても今度は子どもの将来で不安になります。

 

これらの不安は、問題を乗り越えた時に一時は消滅しますが、しばらくするとまた別の不安が生じ、心が休まる暇はありません。人間の一生は安心を得る為に費やされると言っても過言ではないのです。

 

荀彧

 

では、人を操るにはどうするか?

それは人の不安を解消するか、逆に安心している人を不安に陥れてから、不安を解消すればいいのです。

 

春秋戦国時代の智謀の士も各国の君主に安心を与え、あるいは不安に陥れ救済する事で国を動かしていました。

 

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春秋戦国時代

 

魏に不安を与えて動かした蘇秦

蘇秦(そしん)は合従連衡を行った

 

蘇秦(そしん)は張儀と並んで春秋戦国時代の後期を代表する縦横家(じゅうおうか)ですが、彼は将来に不安を感じていない燕国に不安を与えて安心を提供する事で操りました。

 

燕は北方の国ですが、国力が充実し秦と事を構えようとしていました。この頃、蘇秦は秦に対して残りの六ヵ国をまとめて対抗させようとしており、むしろ趙と同盟を結んで友好関係を築くべきと主張します。

 

 

蘇秦は戦国七国の地図を見せて、燕の前に趙が存在している事で秦の盾になっている事実を訴え、同時に趙は長平の戦いで秦に憎悪を抱いているライバルだと解説しました。そして秦は地理的に燕から遠く、攻め込むのに時間がかかる上、燕の城を幾つか落としても保持するのが困難であるとします。

 

逆に燕が秦と戦うと、燕に近い趙は燕の城を攻め落とすのが簡単になり、保持も難しくないと説いたのです。こうして蘇秦は、燕が秦と戦うメリットは乏しく、逆に趙に攻め込まれるリスクが高くなる事。逆に燕が趙と結べば趙が強大な盾になり燕は安泰になるとしました。

 

燕は、秦と事を構える事が逆に燕の禍になると恐れ慄き、逆に趙と結べば安心を得られる事が分ったので、方針を転換して趙と結びます。

 

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自分が産み出した不安で魏を操った張儀

昌平君

 

蘇秦のライバルである張儀(ちょうぎ)は秦の宰相であり、蘇秦がまとめあげた合従論を切り崩して秦に降伏させる為に動きました。そんな蘇秦は自らが主導して近隣の魏を攻め、魏の領地である曲沃と平周を奪い取り、さらに再戦した魏を破ります。

 

弱体化した魏に対して今度は斉が攻め込んできて魏は斉にも敗北しました。

 

こうした上で張儀は魏に赴いて、張儀は魏の傘下に入るべきであると主張します。

 

張儀は最初に、魏が秦に敗れ、さらに斉にも破れたファクトを述べ、中華の中心に位置する魏は戦場になりやすい地形である事を指摘します。そして、このまま秦に逆らい続けるなら、さらに秦は魏の卷、衍、南燕、酸棗に出兵して占拠して合従を不可能にすると脅迫しました。

 

魏が滅亡の運命から逃れるには秦の傘下に入るしかないが、そうなれば盟約違反を咎めて韓や楚が攻め込んでくるだろうが、それには秦が援護して反撃するから心配ないと説きます。

 

魏は滅亡の危機に瀕し不安になり、手っ取り早く安心を得られる秦の傘下に加わり、蘇秦が唱えた合従論は崩壊していきました。

 

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春秋戦国時代ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

このように国や人を操るには、不安につけこむか安心を奪いとった上で別の安心を与えるのがベストです。しかし、何の権力もない庶民と違い戦国七雄の君主となれば、かなり綿密な情報を集め、どこに不安があるのかを見極めないといけません。

 

しかも交渉場所は完全なアウェーであり、下手すれば処刑されるリスクもあるのですから、やはりメンタルがかなり強くないと国を口先で動かすのは難しかったでしょうね。逆にそこさえ乗り越えれば、相手は万能の独裁者であり、思うままに国を動かす事も難しくなかったのです。

 

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