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蜀の軍師「龐統」と呉の武将たちとの深い関係とは?

2022年1月24日


 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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小説「三国志演義」ではもっと呉と深い龐統

ゆるキャラ龐統

 

小説「三国志演義」では「赤壁の戦い」において、周瑜に「各船を鎖でつなぎ、火がついても容易に逃げられないようにする」という「連環(れんかん)の計」を進言し、曹操(そうそう)を破るのに功績を上げています。

 

その後周瑜の葬儀に参列した諸葛亮に蜀に仕官するように勧められますが、魯粛が龐統を呉に仕えようとし、孫権に面会させます。しかし孫権は「風貌が醜いし、口調もはきはきしていない」と、龐統を拒否します。

 

次に劉備と面会しますが、劉備も「風貌が醜いし、本当に龐統かなあ・・・」と疑い、諸葛亮の推薦だから仕方がなく採用し、小さな役を与えます。始めは酒ばかり飲んで仕事をしなかった龐統ですが、張飛(ちょうひ)に詰問されるとあっという間に仕事を片付け、劉備は龐統を見直すことになります。

 

龐統

 

「三国志演義」での龐統は「風貌が醜い」とあんまりなキャラ付をされて、あまり待遇は良くありませんが、呉の武将との関係という点では正史「三国志」よりも深く描写がされているようです。

 

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ぐっすり眠れる!ながら三国志

 

 

 

三国志ライターみうらの独り言

みうらひろし(提供)

 

調べてみると意外にも龐統は呉の武将たちとの関係が深いことがわかりましたね。龐統の劉備陣営での出世は早い方でしたが、呉との関係性も重用された原因かもしれませんね。

 

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みうらひろし

歴史が好きになったきっかけはテレビの再放送で観た人形劇の三国志でした。そこから歴史、時代小説にはまり現在に至ります。日本史ももちろん好きですよ。推しの小説家は伊東潤さんと北方謙三さん。 好きな歴史人物: 呂蒙、鄧艾、長宗我部盛親 何か一言: 中国で三国志グッツを買おうとしたら「これは日本人しか買わないよ!」と(日本語で)言われたのが思い出です。

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