龐統と法正は協力し劉備の蜀獲りに参加していた?その役割分担に迫る!




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策略が得意な龐統

 

劉備(りゅうび)の軍師である龐統(ほうとう)法正(ほうせい)。あまり目立ちませんが、この2人は劉備の蜀攻めでは協力して戦っていました。では具体的には、どのような役割分担をしていたのでしょうか?

 

蜀志(蜀書)_書類

 

今回は正史三国志、先主伝、龐統伝、法正伝を交互に見比べつつ解説します。




法正と龐統は同時に劉璋襲撃を提言

五斗米道の教祖・張魯

 

そもそも劉璋が張魯を討伐するため劉備を頼ろうとしたのは、曹操が漢中の張魯(ちょうろ)を討伐しようとしているのを聞いたからでした。

 

劉璋にアドバイスをする張松

 

ここで張松(ちょうしょう)は曹操が漢中を抑えたら益州はひとたまりもないとして劉璋の不安感を煽り、同時に劉備に張魯を討たせれば劉備と曹操は仇敵であり劉備は曹操に下らずに漢中で障壁になるだろうと持ち掛け、劉璋はそのプランにすがる事になります。

 

法正、劉璋、劉備

 

こうして、劉璋は4千人の兵を法正に率いさせて劉備と会見させ劉備は長江を遡上して益州に入りました。劉璋は涪で劉備を出迎え百日の大宴会を催して劉備を歓待しますが、先主伝によればここで法正は、宴会で劉璋を襲撃して捕らえてしまおうと提案。

 

同時に謀臣の龐統にも劉璋襲撃プランを勧めたとされます。

 

龐統した勝利

 

正史三国志龐統伝によると龐統も宴会中に劉璋を捕らえて、一気に問題を解決すべきだと進言したとされ、龐統も法正も短期決戦で思惑が一致していたようです。しかし劉備は「まだ蜀に入ったばかりだと言うのに襲撃など出来ない」と2人の意見を拒否しています。

 

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劉備は劉璋と上奏合戦

靖王劉勝の子孫と勝手に名乗る劉備

 

龐統と法正の超短期決戦プランを拒否した劉備ですが、自分なりに劉璋を懐柔(かいじゅう)します。それが、劉璋が劉備を行大司馬(ぎょうだいしば)領司隸校尉(りょうしれいこうい)に推薦し劉備も劉璋を行鎮西大将軍(ぎょうちんぜいだいしょうぐん)領益州牧(りょうえきしゅうぼく)に推薦したという記述です。

 

お互いにお互いを褒め合い、より上位の役職に引き上げる上奏をするという社交辞令ですが、まんざら効果がないわけでもなく劉璋は劉備の兵力を増強させ白水(はくすい)の督に任命しました。龐統や法正の即効性の計略程の効き目はないですが、劉備の社交辞令作戦も捨てたものではないのです。

 

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【諸葛亮も口出しできなかった天才軍師・法正の闇】
法正

 

呉をダシにした物資せびりが大失敗

呉軍が弱いと勘違いして進軍を進める馮習と劉備

 

張魯を討つべく白水に駐屯した劉備ですが、もちろんここからは動かずに人心掌握(じんしんしょうあく)に勤しみます。成都で劉備の出撃を待ちかねている劉璋は次第に不信感を強めました。

 

張遼の猛攻に泣きながら逃げる孫権

 

ここで劉備陣営は、劉璋からもっと兵力と物資を絞ろうと

「劉備の義理の兄の孫権が魏に攻められて危険なので救いたい、ひいては援軍を下さい」と劉璋に要請します。

 

劉璋

 

さすがに劉璋は怪しいと思い、劉備の要求の精兵1万と物資の要求を半分以下にして叶えてやっただけでした。

 

ここでさらなる悲劇が起きます。連絡不足か成都の張松は物資せびりプランを法正から聞いていなかったようで、本気で劉備が荊州に帰還しようとしていると思い、慌て法正と劉備に

曹操にキレて劉備を贔屓する張松

 

「今が大事な所なのに中途半端で帰らないで」と手紙を出したのです。

 

ところが手紙は張松の兄から劉璋に渡り、劉備や法正、龐統の企みは全てバレました。もちろん張松は劉璋に処刑され劉備は否応なく挙兵に追い込まれます。遠隔地にいるが故の悲劇とはいえ、法正も龐統もちょくちょく失敗しているのですね。

 

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龐統の上中下計略が炸裂

龐統

 

いよいよ劉璋と事を構える事になった劉備ですが、ここで龐統が出してきたのが蜀征服プラン上中下策です。

 

上策は密かに精兵を選んで昼夜兼行で成都を攻撃して一日で片をつけるというモノ中策は劉璋軍の名将である楊懐(ようかい)高沛(こうはい)に、荊州が危険だから一度帰ると伝令を伝え安心して別れの挨拶に来た2人を捕らえて軍兵を奪い成都に攻め上るモノ、下策は白帝城を前線とし荊州まで引き上げ、地道に一城一城潰して勢力を広げるモノです。

 

龐統

 

龐統の計略は下になるほど安全な代わりに時間がかかるので、劉備は中策を選択し楊懐と高沛を騙して呼び出し殺害して兵力を奪い取ります。実は龐統も劉備が選ぶのは中策だと見越していましたがあえて劉備に選ばせ納得させました。

 

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法正、鄭度の計略が用いられないと見抜く

計画通りの顔をする法正

 

白水関を陥落させてから南下し連戦連勝する劉備ですが、ここで肝を冷やす出来事が起きます。劉璋の側近の鄭度(ていど)が劉備の進軍ルートから住民を避難させて焼き払わせ、焦土作戦を実施しようとしたのです。

キレる劉備になだめる黄権

 

物資を略奪に頼っている劉備は、鄭度を憎み気が気ではなくイライラが募りますが、劉璋の性格を知り抜いている法正は、心配しなくても劉璋に焦土作戦を取れる意気地はないと断言。

 

予想通り劉璋は、焦土作戦では人民に迷惑をかけるとして鄭度をクビにしてしまいます。このように龐統と法正は互いに補いあうように劉備を導いていきました。

 

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