文官が絶対にやらないミスを諸葛亮がやってしまった理由


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諸葛孔明の勉強法は独特だったようです。当時の勉強法とは、四書五経の文句を一字一句丸暗記し、同時に注釈まで把握するという事でした。

 

三国志時代の議論風景

多様化が進む蜀の国(文官)

 

三国志の議論の場面で文官が「昔、○○の○○は主君の○○のために○○して○○と言ったがそれに対して同僚の○○は、○○の○○は○○に見えて実は○○でありこれは○○における、○○の○○と同じであると指摘した所、○○は恥じ入りました」みたいに過去の故事を引いて説明しますが、あの内容は丸暗記でした。

 

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諸葛亮の暗記方法

孔明

 

ところが、孔明は一字一句暗記するという事が嫌でどんな書物も斜め読みしてある程度意味を理解すると次の書物に移り、完全に暗記しようとはしませんでした。なので、諸葛孔明は若くして広範な書物を読む事が出来たのです。ただ、欠点も存在します。大体で覚えているので、歴史上の人物の最期を勘違いしているのです。

 

議という魏に宛てた宣言文中

項羽

 

例えば、正議という魏に宛てた宣言文の中で孔明は楚の項羽が天意に逆らい捕らえられ煮殺されたと書いています。しかし、楚漢戦争に詳しい人なら項羽は煮殺されたのではなく、幾つかバリエーションはありますが、自害して死んだか死後にその肉を漢軍の将兵に斬り裂かれて何も残らなかった事をご存知でしょう。

 

三国志ライターkawauso編集長の独り言

 

編集長が思うに、これは孔明が史記を斜め読みしたせいで項羽が劉邦の父母を煮殺そうとしたのを項羽が煮殺されたと混同したせいではないかと推測します。

 

ちょっとやり過ぎたと反省する諸葛亮孔明

 

これは書物を暗記するタイプの当時の文官なら絶対にやらないミスであり、諸葛亮っぽさが現れていると思いますね。

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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