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case3:司馬衷
どうして、と思われるかもしれませんが……ただ一つ言えるのは。
「八王の乱どうにかしてくれないか!」に付きますね。因みに八王の乱のメンバー、汝南王・司馬亮、そして趙王・司馬倫は司馬懿の子になります。もちろんその他も自分の孫ひ孫弟の孫と盛りだくさん。
そもそもこの八王の乱は司馬衷が賈南風にやりたい放題させているのが発端……しかし、司馬懿殿であれば妻を諫めることも可能でしょう!司馬懿殿がしっかり奥さんを抑えて八王の乱も起こらない、そんな晋の世、見てみたいですね!
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司馬懿と言う人物の評価
司馬懿という人物、評価が二分しているように思えます。その辺りはやはり、曹爽相手のクーデーターが大きな理由でしょうか。曹爽自身が皇帝を蔑ろにやりたい放題していたとするならば、司馬懿は寧ろ忠臣ではないか?
いや曹爽は皇室のために権力を司馬懿から引きはがそうと頑張ったんだ!つまり司馬懿は簒奪の意志があった!
どちらの説もまた「有り得る」話です。とは言え個人的な意見ですが、割と野心家司馬懿ばかり見かけるので、魏の忠臣司馬懿も筆者は見てみたいと思います……そんな作品もっとないかな?
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三国志ライター センのひとりごと
筆者の想像ですが、司馬懿の野心家とされる決定打に「皇帝弑逆」があると思います。これは司馬懿ではなく、息子の司馬昭のやったことですが、当時から見てもこれは非常に反感をかう行動であり、後々からも批判を受けています。そういう面が、父親であり晋の宣帝とされた司馬懿まで影響したのではないでしょうか。
とは言えそうして起こった晋も、また……それでは、歴史の流れにぼちゃーん。
参考文献:晋書帝紀第1 宣帝
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