賈南風(かなんぷう)とはどんな人?司馬衷の妃となって晋王朝を滅亡の淵に叩き込んだ悪女


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司馬炎 はじめての三国志

 

三国時代を統一することになった司馬炎(しばえん)。彼は魏から皇帝の位を譲り受けて晋王朝を樹立することになります。

 

幼い司馬衷

 

彼が亡くなった後、司馬炎の嫡男である司馬衷(しばちゅう)が、二代目皇帝として君臨することになるのですが、彼はどうしようもないボンクラ皇帝でした。

 

賈南風

 

その為彼の妻であった賈南風(かなんふう)が晋王朝の実権を握って晋王朝を動かしていくことになります。しかし彼女の政治はひどく、晋王朝を滅亡させるきっかけを作ってしまうことになります。

 

自称・皇帝
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司馬衷の奥さんになる

反対する賈充

 

賈南風は賈充(かじゅう)の長女として生まれます。司馬炎は天下統一を果たすと、長男である司馬衷の奥さんと賈南風を向かい入れます。

 

 

司馬炎は始め蜀討伐戦で活躍した衛瓘(えいかん)の娘を長男の嫁にしようとしておりましたが、賈南風の母親が司馬炎の奥さんに根回しを行い、司馬炎にも「賈南風は美しくて、才能のある人」と噂を流します。また彼女は晋王朝の権力者にも根回しを行います。こうした結果、司馬炎は彼女を司馬衷の奥さんにすることに決めます。しかしこれが晋王朝の滅びるきっかけとなることは賈南風の母親や司馬炎も気づきませんでした。


嫉妬深い女性だった

嫉妬狂う賈南風

 

賈南風は嫉妬深く、旦那が女性とあっているだけで、ブチギレるような人でした。また後継を生みそうな気配は全くなく、背も低く色黒な女性でした。その為周囲の人々は「衛家の女性は美しく気立てのいい人が揃っているが、賈家の女性は気立てのいい人は全くいない」と避難されておりました。


テストを他人にやらせる

悩む司馬炎

 

司馬炎は息子がポンコツ過ぎてこのまま彼に晋王朝を継がせてもいいのかどうか迷い始めます。また家臣達も「司馬衷様が後継として皇帝になるよりは、他の人物を後継としたほうがいいと思います。」と進言してきます。そこで彼は司馬衷が本当にポンコツなのかどうか仕事をさせて、その仕事の善し悪しによって皇太子とするか否かを決めようとします。

 

賈南風は司馬炎から司馬衷が皇太子として相応しいのかテストを受けさせるとの知らせを聞くと(このポンコツでは司馬炎が出してくるテストに受かりそうもない。)と確信を抱き、どのようにして司馬炎から出されるテストを受からせるか考え、一つの妙案を閃きます。そしてテスト当日。司馬炎は司馬衷が皇太子に相応しいのかテストを実施。司馬衷に与えられたテスト内容は尚書(しょうしょ)の仕事です。

 

賈南風は尚書の仕事がテスト内容であることを事前に知っていたので、旦那の代わりに家臣に代筆させることにします。彼女は司馬炎が旦那があまりひどいポンコツであることを知っているので、完璧に尚書の仕事をやらせると司馬炎に怪しまれると感じます。そこで代筆をさせる家臣に「あんまり完璧な仕事をしないで、所々間違えてください。」と要請。代筆をやらせれた家臣は賈南風の言うことを聞いて、所々間違えた仕事を行い完璧な偽装工作を施します。司馬炎は司馬衷を廃した方がいいと進言してきた家臣を呼び「これくらい仕事ができれば朕の後継としては問題ないように思えるがどうか。」と司馬衷がおこなった仕事を見せます。

 

司馬炎から司馬衷の仕事ぶりを見せてもらった家臣達は、「陛下の言うとおりでございます。これぐらいの仕事ができれば問題ないように思えます。もし皇太子様に足りないところがあれば、我らが補佐すればことたりるでしょう」と司馬衷が皇太子として司馬炎の後継として問題ないことを進言。こうして司馬衷は賈南風の機転によって皇太子の座から引き摺り下ろされることなく、司馬炎の後継の地位をしっかりと確保することに成功します。


晋王朝の実権を握るためにその1:外戚・楊氏一族を滅ぼす

敵対勢力を殺害する賈南風

 

賈南風(かなんぷう)は旦那である司馬衷(しばちゅう)が皇帝の位に就任すると外戚であった楊氏が力を持ち晋王朝の実権を握ります。彼等は晋王朝の実権を握ってやりたい放題やっていき、政治は乱れていきます。賈南風は彼らが王朝の実権を握っていることが気に食わず楊氏一族を排除しようと考え、武帝・司馬炎(しばえん)の子供である司馬瑋(しばい)と司馬懿の息子である司馬亮(しばりょう)を仲間に引き入れこのふたりを仲間に入れることに成功すると楊氏を片っ端から殺害していき楊氏一族を殺害することに成功。しかし賈南風は政治の実権を握ることはできませんでした。それは外戚楊氏を殺害した功績が司馬家の二人と衛瓘(えいかん)が、王朝の実権を握ることになったからです。

 

関連記事:【後漢王朝はこうしてダメになった】外戚VS宦官の争いってどうして起きたの?

関連記事:儒教が引き金?外戚と宦官の対立はなぜ起こったのか

 

晋王朝の実権を握るためにその2:皇室の重鎮と重臣を殺害せよ

曹休

 

楊氏一族を殺害した賈南風は次に皇室の重鎮となっている司馬瑋と司馬亮、そして晋王朝の重鎮となっている衛瓘(えいかん)の殺害を企てます。だが皇室の重鎮である司馬亮と衛瓘が相談して、司馬瑋の軍権を剥奪。そして二人は彼に「領地へ帰って領地経営に力を尽くせ」と命令します。この命令を聞いた司馬瑋は激怒し、翌日皇帝に「司馬亮と衛瓘が晋王朝に謀反を起こそうと企んでおります。」と悪口を流します。

 

張華

 

皇帝の側でこの話を聞いていた賈南風は皇帝に「この話は本当でしょう。詔を司馬瑋に出して、ふたりを討伐させるべきです。」と進言。皇帝は賈南風の言うことを聞いて司馬瑋に詔を出して両者を討伐するように命令を出します。司馬瑋は詔を受け取るとふたりを引っ捕えて殺害。その後重臣である張華(ちょうか)が「司馬瑋が勝手に詔を偽造してやったことにして、彼を処刑したほうがいいでしょう」と進言してきます。

 

賈南風はこの進言を聞いて皇帝に「張華の進言をうけいれなさい」と囁きます。皇帝は奥さんである賈南風の言うことを聞いて張華の進言を採用し、司馬瑋を詔偽造の罪を着せて殺害します。賈南風はこうして嫌悪していた司馬亮と衛瓘、司馬瑋の三人を殺害することに成功し、賈南風やその一族が晋王朝の実権を握ることにんなります。

 

司馬炎の孫を殺害

曹休

 

司馬炎の孫である司馬遹(しばきつ)は以前から賈南風が皇帝である司馬衷をないがしろにして、権力を振るっていることにイラっとしており、賈一族を嫌っておりました。その為、賈南風の妹の子である賈謐(かひつ)も司馬遹を嫌っており、事あるごとに彼と対立して、喧嘩ばかりしておりました。賈謐は皇后である賈南風へ「司馬遹は皇后様を嫌っており、もし彼が皇帝につくことになれば我らは一族すべてが殺害されてしまうでしょう」と忠告。この忠告を聞いた賈南風は司馬遹に謀反の罪を着せて殺害しようとしますが、張華や他の重臣達がこぞって助命嘆願をしてきたことで彼の命を奪うことをせず。庶民に落とすことにします。賈南風は司馬遹を元の皇太子の位に復活させようとする動きがあることを知り、彼が住んでいる家に皇帝の医師を派遣して撲殺してしまいます。こうして賈南風は司馬衷死後の事を心配する必要が無くなったと安堵します。

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